水底呼声 -suitei kosei-

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  みゆの楽しいクッキング  

この小説は,あまりのあほらしさにお蔵入りになった小説です.
世界観も,激しく崩壊しています.
サイト五周年を記念して蔵出ししますが,……責任(?)は取れません.
それでは,どうぞ〜.


***


君の作った料理ならば,どんなものでも喜んで食べる.
漫画や小説のヒーローならば,そう言うだろう.
でも,それはとても失礼な話だ.
料理を一生懸命に作る人を馬鹿にしている.
ちなみにそう思う自分を,かわいげのない女だとも思う.
「うーん.」
ことことと弱火で煮こまれる鍋を前にして,みゆはうなった.
このシチューには,何かが足りない.
おたまですくって,味見をしてみる.
……あまりおいしくはない.
「ミユちゃん.」
隣に立つ少年の手が伸びて,おたまを奪う.
「ちゃんと食べられる味だよ.」
ぺろりとなめてから,ウィルはほほ笑んだ.
君の作った料理ならば,どんなものでも喜んで食べる.
少年はそれを,すでに何度も実行している.
みゆが淹れた言語道断にまずいお茶を一人で飲み干したり,焼け焦げた卵料理を一人で平らげたり.
村長たちがみゆの料理に白旗をあげるときでも,少年の口は勇猛果敢に戦いを挑んでいる.
一度くらいは,ウィルたちにおいしい料理を提供したい.
みゆは,目の前の鍋をにらみつけた.
料理ぐらい何だ,シチューぐらい何だ,大学受験に比べればかわいいものだ!
みゆは塩の入った素焼きの壷を手に取る.
このシチューに足りないもの,それは塩だ!
塩は黄金と同じくらいの価値がある,香辛料はすばらしい,と歴史の教師が言ったではないか.
ざっくざっくと塩を投入していると,少年が口を挟んできた.
「あまり入れすぎると,甘ったるくなるよ.」
甘ったるく?
みゆは首をかしげた,そして自分の失敗に気づく.
「さ,砂糖!?」
みゆが鍋に入れた魔法の粉は,塩ではなく砂糖であったらしい.
鍋をかき混ぜ,再び味見をする.
「まずい.」
人間の味覚を司る舌が,ストライキを起こしそうな味だ.
みゆの次に,少年も味見をする.
「食べられないことはないよ.」
にこにこにこと,少年の笑顔は崩れない.
「私はおいしいシチューを作りたいの!」
少年を,きっとにらみつける.
こうなったら,最終兵器である.
隠し味である酒を入れて,ごまかすのだ!
料理の味付けに失敗すれば,カレー粉でカレー味にすればいいと聞いたことがある.
この世界にカレー粉はないので,アルコールでアルコール味にすればいい.
台所の隅にひっそりと置かれている一升瓶をつかみ,どばどばどばと鍋に入れる.
しかしアルコールの蒸気に,みゆはくらっときた.
後方へ倒れそうになるところを少年の腕が支え,少年の手が酒瓶をしっかりとつかむ.
「村長さんの秘蔵酒なのに…….」
初めて,少年の顔にあきれという感情が浮かんだ.
けれどそれはすぐに消えて,少年は楽しそうに笑い出す.
「お鍋から,強烈なにおいがしているよ.」
「えぇ!?」
鍋に近寄れば,鼻がもげそうなにおいがしている.
おそるおそる鍋の中をかき混ぜると,ますますにおいは強くなる.
これは,味見するのにも勇気が要りそうだ.
だが少年は簡単に,おたまですすって味見をする.
「個性的な味だね.」
少年の素直なコメントに,みゆはぐっさりと傷ついた.
「大丈夫だよ,僕が食べるから.」
さらに,ぐさぐさっと矢が突き刺さる.
「嫌よ,だっておいしくないでしょう?」
少しだけ,涙声になってしまった.
情けないにも程がある.
「うん.おいしくないけど食べるよ.」
「おいしくないなら,食べなくていいってば!」
言い返した後で,鍋のにおいにくらくらした.
これは相当に難易度の高い料理だ.
東大,京大レベルといっても過言ではないだろう.
「ミユちゃん,おいしい料理なら自分で作るよ.」
アルコールに酔ったのか,頭がくるくると回りだす.
「でも君が作る料理は,世界にひとつしかないでしょう?」
少年が抱き寄せてきたので,みゆは腕を突っ張って逃げた.
「こんなまずい料理を作る人は,私一人しかいないわよ!」
受験用の英単語や物理の公式よりも,料理のレシピを暗記すればよかった.
後悔,先に立たず.
偏差値の高さは,料理の腕に比例しない.
「今夜も僕一人で食べることになりそうだね.」
無邪気な笑顔で,少年はみゆにざっくりとトドメを刺した.
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