竜を探して


第十三章 戦,終わって.


セイが戦場へ向かうたびに,サラはいつもこっそりと銀竜をセイに付けていた.
そうして部屋でただひたすらに,彼の帰りを待つ.
セイにそのことがばれたことはなく,危ない目には遭わなかったのだとひそかに安心していたのだ.

しかし今日は単なる小競り合いではなく本格的な戦闘だと言う.
はやく,無事に帰ってきて欲しい…….

かたんとドアが開く音がする.
サラとブレーメンが振り向くと,息を切らしながらセイが戸口に立っていた.
「サラ.よかった,無事だな.」
「セイ殿,どうなされたのですか?」
ブレーメンが驚いて聞く.
「戦場に銀竜が現れたから,心配して…….」

「ブレーメンさん,離れて.」
堅い声でサラは言った.
「あなた,セシルでしょう.」
すると,セシルはふっと微笑む.
「よく分かったな.」
この世でただひとり,セイだけを愛している少女…….

そうしてブレーメンに向かって呪文を唱える.
「風よ,悪しきものを追い払え!」
途端にブレーメンの身体は吹き飛ばされ,後方の壁に激しく激突する.
「ブレーメンさん!」
サラは駆けより,近づいてくるセシルからかばうように彼をその細い背中で隠した.

「古の光よ,我が名,サラディナーサのもとに集いたまえ!」
サラの呪文により,かっと光が輝く.
「そんな子供騙しが通じると思うか!?」
セシルはぐいとサラの長い髪を引っ張った.

「セイラムと僕はまったく同じものなのに,なぜ君は区別をするのだ?」
セシルの暗い緑の瞳には狂気じみた光が映っている.
サラは色の違う両目に恐怖を浮かべて,剣を引き抜くセシルを見つめた.
怖い,怖いよ……!

「この髪も,……セイラムだけのものなら要らないな.」
セシルはサラの髪をばっさりとその剣で切る.
その刃のきらめきにサラはぞっとした.
レニベウス……,いや駄目だ.
今はセイを守ってもらわないといけない.

「この瞳もセイラムだけを見つめるのなら……,」
しかし恐ろしさにがたがたと震える彼女を見つめて,セシルはふいに優しげに微笑んだ.
「君が僕のことを愛してくれるのならば,」
すると震える声で,しかしきっぱりとサラは言った.
「いやです.私が好きなのはセイだけだもの.」
「……いい覚悟だ.」
セシルの刃がサラの目の前で,危険な光を帯びる.

ガシャーン!
勢いよく窓が割れ,外から一人の男が部屋に転がり込んできた.
「サラ,無事か!?」

「セイ!」
サラはほっとして微笑む.
セイはサラのその姿を一瞥すると,すぐにセシルに向き直る.
「こいつが愛しているのは俺だけなんだよ,兄上.」
サラの目の前で二人の剣が激突する.

セイとセシルの力はまさに拮抗していた.
まったく優劣つけがたく,容易に決着がつくとは思えない.
サラの瞳が銀に輝く.
「我が名に応えて出でよ,神竜レニベウス!」

部屋の窓も壁も壊して,銀に輝く巨大な竜が召喚される.
ブレスを吐こうと,のどを焦がした竜だが,
「セイ,もっとセシルと離れてよ!」
二人が近づきすぎて,これでは銀竜は攻撃ができない.
「無茶を言うな!」
じりじりと刃をあわせて,セイは怒鳴り返す.

「セイラム,父上にサラのことを教えたよ.」
息を切らしながら,唐突にセシルは言う.
「銀竜の無限の魔力によって,セイラムは生き返ったのだと.」
ぎくりとセイは顔をこわばらせる.
「これでカイ帝国全国民の悲願が叶うと,喜んでいらっしゃった.」

サラは不安そうに,戦う二人を見つめた.
セイが剣を振るう!
「この,狂信者どもが!」
音を立てて,セシルの剣がはじけとんだ.

「何をやっているんだ!?」
乱暴にドアを開けて,クランが兵士たちを連れて部屋の中へと入ってくる.
「どっちがセイだ?」
とサラに聞くと,サラはすぐに剣を持っているほうの男を指差した.

「ちっ.」
セシルは逃げようと周りを見回した.
しかし,もう遅い.
すでに彼はレニベス王国の兵士たちによって囲まれていた.

クランが侮蔑の表情を作って告げた.
「カイ帝国第二王子セシル,捕虜になっていただく.」
セシルはがっくりと肩を落とした.

「サラ,怪我は? この髪は?」
セシルをクランたちに預けると,セイはサラに向かって聞いた.
サラが答える前にすばやく彼女の身体に傷が無いのを確認すると,セイはサラを抱き上げた.
「サラ,今すぐにこの国を出るぞ.」
「え!?」
戸惑う彼女には構わずに,セイは彼女を竜の上に乗せる.

「クラン!」
兵士たちに囲まれているクランを,セイは呼んだ.
「今すぐカイ帝国との国境へ行け.帝国軍が来るぞ!」
「なんだって!?」
人ごみをすり抜けて,クランは叫んだ.

「サラを,いや死者を蘇らせる力を持つ竜を探して,この国へやってくる.」
「どういうことだ?」
クランはするどく聞き返す.
「絶対神カイの信仰を始めた教祖マソフの復活を狙っているんだ.」
クランは明るい青の瞳を驚きに瞠らせる.
「可能なのか,それは? 何百年前に死んだ人間なんだ?」
「そんなの俺が知るか! とにかく俺はマソフの陵墓へ行く.」
セイの瞳に危険な光が宿る.
「マソフが絶対に復活できないように,死体をこなごなにしてやる.」

それだけを告げると,セイはすばやく銀竜に飛び乗った.
「あ,待って.」
サラが,銀竜から離れようとするクランを呼び止めた.
「レニベウスから,あなたに伝言が…….」
そして彼女は竜の上から,クランの頬に軽く口付けをした.
「あなたに,常しえの緑の豊かさと大地の恵みを…….」

周りにいたものすべてが,ぎょっとしてサラを見つめた.
その大勢の視線にサラはたじろいだ.
私,なんか変なことを言ったのかしら……?

クランは驚いた表情を数瞬だけしてから,にやっと意地悪く笑った.
「妬くなよ,セイ.」
「誰が妬くか!」
むっとしてセイは言い返した.
「いくぞ,サラ.」

力強く羽ばたいて,竜は二人を乗せて飛び立つ.
常しえの緑の豊かさと大地の恵み,それは新王が即位するときに,祭祀が言うべき言葉だ…….

旧レニベス王国暦1204年,新レニベス王国暦1年,戦さ終わりの混乱の中で新王クランが誕生した.
彼が実際にその頭に王冠を載せるのは,カイ帝国軍を撃滅し,その後サライ諸侯国軍の侵攻を食い止めてからのことである.
それにはゆうに2年の月日が必要であった…….

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