竜を探して


第十二章 対決.


レニベス王国暦1204年の新年を,サラはセイとともにレニベス王国王都近郊の町で迎えた.
この街には今,王都奪還のためレニベス王国の騎士や兵士たちが大勢滞在している.
しかしセイやクランはサラを彼らに会わせたくないようで,サラはほとんど部屋に軟禁されている状態だった.

「お前は自分の一族を殺したやつらに会いたいのか?」
セイなどは辛らつに言う.
「レニベス王国第1,第2騎士団が,銀竜の一族を滅ぼした実行部隊だぞ.」

すでに王都を占拠したカイ帝国軍との間に,何度かのこぜりあいはあったらしい.
何も教えないセイに代わって,クランがサラにそう告げた.
「今年中には決着をつける……! でないと,さらに大物を呼ぶことになるかもしれんからな.」
クランの瞳に光が宿る.

しかしサラには戦争のことはよく分からない.
きょとんとした顔をしていると,セイがサラに教える.
「カイ帝国,皇帝による親征のことだ.」
そうしてサラを無視してクランと相談を始める.

「来るとしたら,海からだろうな…….」
「あぁ.とりあえず今のところはそれらしい船団を発見していないが,油断はできない.」
サラは完璧に蚊帳の外だ.
いいもん,私だってセイに内緒にしていることがあるんだから…….

「多分,次あたりにセシルが出てくるぞ.」
セイの言葉に,サラはどきっとする.
「なぜ,分かる?」
クランは聞いた.
総大将である王子セシルが出てくるとなると,小競り合いでは済まないだろう…….
「分かるんだ.出陣に向けてセシルの気分が高揚しているのが,俺には分かる.」

サラは不安な気持ちで,セイの横顔を見つめた.
クランはつぶやくように応えた.
「総力戦かな……,そろそろ糧食も尽きるだろうし.」
「だろうな.王都をからっぽにして,奴らに押し付けたお前は賢いよ.」
するとクランは苦笑する.
「いざ王都に入ってみたら,人も食料も何もなくてびっくりしたかな?」
「まぁ,あてがはずれたのは確実だろうな.」
セイも意地悪く,くすくすと笑う.

サラは意外に仲の良いセイとクランをぼんやりと眺めた.
するといきなり話し掛けられる.
「じゃ,サラ.俺は行くから,部屋から出るなよ.」
見ると,クランはすでに部屋を出て,セイも出てゆこうとしている.
「え!? またどっかに行くの?」
思わず不平満々の態で,サラは聞き返してしまう.

「いい子で待っていろよ.」
と言って,不意打ちでサラの頬にキスをした.
赤い顔をして見返すサラを,おかしそうにセイは見つめた.
「お前,少しは慣れろよ.」

赤くなったり,泣いたり,責めたり,セイの今までの恋人たちとは明らかに彼女はタイプが違った.
それをいとおしいと思っている自分が少しだけおかしい.

むっとした顔で,そっぽ向いてサラは言った.
「気を付けてね,いってらっしゃい.」
その何気ない挨拶が,セイには新鮮だ.
「いってきます.」

「クラン将軍,どうやら帝国軍が動き出したようです.」
廊下でブレーメンに呼び止められて,クランは聞いた.
「指揮官は? どれくらいの規模だ?」
「おそらく指揮はセシル王子でしょう,規模はほぼ全軍の8000名です.」
「勝負に出たな.」
後から追いかけてきた,セイが応える.
「対するこちらはだいたい7500.……ブレーメン,騎士団長たちを集めてくれ.」
そうしてクランはむしろ楽しげに言う.
「作戦はもう練ってある.」

王都の城門の前に布陣しているカイ帝国軍に,レニベス王国軍は帝国軍を包み込むような形で整列した.
互いの魔法や矢が届く距離になると,おもむろに戦闘が開始される.

まずレニベス王国軍右翼が,カイ帝国軍左翼に攻撃を仕掛けた.
しかしあまり戦わないうちに,彼らは退いてゆく.
それを追いかけようとすると,次はレニベス王国軍左翼が帝国軍右翼に襲い掛かってくる.

右から,そして左からの交互の攻撃を何度も受けて,帝国軍の指揮官たちはすっかり辟易した.
なんとまぁ,見事な用兵だ……!

「そろそろ中央が,本陣が薄くなってきたな.」
右翼部隊を指揮しつつ,クランはにやりと笑った.
そして近くに居る兵士に命令する.
「中央にいる部隊に,中央突破,そして背面展開を伝えてくれ!」
そして中央突破とタイミングをあわせて,帝国軍を右翼部隊と左翼部隊で完璧に包囲するのだ.
「一気に片をつけるぞ!」

するとクランの傍で剣を振るっていたセイが話し掛ける.
「俺も中央突破に参加するぞ!」
そうしてさっさとレニベス王国軍の中央に向かって走り出す.
「待てよ!」
クランはセイを呼び止めた.

「俺はお前がどうゆうつもりでいるのか,分かっているぞ.」
セイは不機嫌そうに振り向いた.
「お前にとっても都合のいい話だろ.じゃぁな.」
そっけなく答えて,再び走り出そうとする.
「サラが泣くぞ!」
クランが怒鳴ると,セイは振り返って真顔で言った.
「俺を想って泣くのなら,構わない.」

「わがままな男だな.」
走り去るセイに,クランは呆れたようにつぶやいた.

窓の外,戦場の方向を心配そうに眺めやるサラに,男が声を掛けた.
「心配ですか?」
サラの父親と同じくらいの年齢の男が戸口に立っている.
「ブレーメンさん.」
護衛にと,クランが貸してくれた穏やかな顔をした騎士である.

「はい,とても…….」
瞳を伏せて,サラは素直に返事をした.
すると騎士は優しく微笑む.
「大丈夫ですよ.私の上官は怠け者なので,楽に勝てる戦いしかやりませんから.」

カイ帝国軍の中央,本陣に向かって,レニベス王国軍が殺到してくる.
対する帝国軍は,いきなりの中央への攻撃に対応しきれない.
簡単に進入を許し,あたりは混戦状態になってしまう.

「セシル,どこだ!」
その混乱の中,剣を振るい魔法を唱えつつ,セイは怒鳴った.
カイ帝国の兵士たちが,彼らの指揮官と同じ顔の男に戸惑う.
彼はいったい誰なのだ!?

しかしそんな戸惑いなどまったく気に掛けずに,セイは兵士たちを切り倒していった.
「セシル! さっさと出て来い!」
いらいらしながら叫んだとき,彼は同じ顔を持つ男を見つけた.

「会いたかったさ,兄上.」
皮肉な笑みを浮かべて,セイは言った.
「そう呼ばれるのは初めてだな.セイラム.」
そうしてセシルは剣を抜く.

敵と味方が入り混じれる中で,ただ二人きりで剣を交える.
同じ顔をした男たちの打ち合いに,誰も間に入れない.

「セイラム,死ぬ気か?」
僕に向かって,剣を打ち下ろすなど…….
「あぁ.ただし,お前も道連れだ.」
セイの瞳に危険な光が宿る.

産まれたときから,二人ずっと一緒だった.
何もかも共有していた.
しかし,セシルが表,セイが裏に決まったときから,それらはセシルだけのものになってしまった.

セシルの影として,二人でひとつの人生を生きる.
慣れてしまえば,そこまで苦痛ではなかった.

しかし,ただ自分だけを見つめるサラに出会って,何かがセイの中で変わってしまった.

「なぜだ! なぜ,そんなに変わってしまった!?」
顔の前で剣をあわせ,セシルがセイに問う.
「分かるだろ,セシル.」
俺たちは同じものを同じように愛するのだから.

「殿下!?」
呼びかけられて,二人は同時にその方向を見た.
剣を構えつつ,しかしシキには彼らの区別がつかない.
この世に彼らを見分けるものなど存在しない.
「生きていたのか,シキ.」
……サラを除いては.

そのセリフでやっと判別がついたらしいシキは,セイに向かって剣を振り上げた.
セイが魔法で応対しようとすると,突然セイの体が鈍く銀に光りだす.
まばゆい銀の光がセシルとシキを押しかえす,そうしてそれは大きな竜の形を取った.
「馬鹿な…….」
セイは愕然として,自分を守るように顕現した銀竜を見上げた.
銀竜がついているから,安心してサラに留守番をさせていたのに…….

銀の神竜は突如本陣に現れたかと思うと,カイ帝国軍を襲い始めた.
一気に帝国軍は混乱の渦に飲み込まれる.
「お前,何をやっているんだ? さっさとサラの元へ戻れ!」
巨大な竜はセイのことなど気にもかけない.

あいつには自分が狙われているという自覚がないのか?
……セイ,死ぬの?
まさか,あんな約束をさせたからなのか?

「くそっ.」
こんなにも後悔したのは初めてだ.
戦場ではもはやカイ帝国の兵士たちは逃げ惑うばかりだ.
銀竜とレニベス王国軍になすすべもなく逃げてゆく.

あたりを見回しても,もはやセシルの姿は見つからない.
セイは逃げるカイ帝国軍の一人の騎士から馬を分捕り,急いで戦場を離脱した.

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