竜を探して


第九章 支配されるもの.


「そう,君の恋人の本体だ.」
豪華なベッドに腰掛け,サラは怪訝な表情で聞いた.
「双子じゃないのですか?」
すると,セシルはおどけたように眼を見張る.
「我が帝国では双子は禁忌でね.だからセイラムは僕の影さ.王子という身分も僕だけのものだしね.」
サラにはよく意味が分からない.
とりあえずセイとセシルはカイ帝国人の双子らしいということしか理解できなかった.

「それにしても僕の影は優秀だ.」
サラは探るような視線でセシルを見上げる.
「無限の魔力を持つ竜が欲しいと言っただけなのに,まさかその竜を以ってしてレニベスの王城を破壊するとはね!」
それってどうゆう意味……?
サラは無言でセシルを見つめた.

すると同情を込めて,セシルはサラに言った.
「かわいそうに.君は騙されていたんだよ,セイラムにね.」
嘘……,本当……?
そうして,やさしくサラをベッドに押し倒す.
ベッドに乱れる彼女の長い栗色の髪をうっとりと見つめた.
「セイラムは君をどうやって愛してくれた?」
セシルはサラの細い首筋に口付けた.

パァーーン!
いっそ小気味良い音を立てて,サラはセシルの頬に平手打ちを食らわせた.
「あなたの言うことなんか信じない!」
しかしすぐに涙目になる.
「セイは愛してるって言ってくれたもの.」
しらけたように,セシルは睨みつけるサラの顔を見やった.
「その強がり,いつまでもつかな……?」
セシルは馬鹿にしたように笑んで,ドアから部屋を出て行った.

廊下に出ると,すぐにセシルは話し掛けられた.
「殿下,申し訳ございません.セイ様の方は捕縛できませんでした.」
彼直属の部下であるシキである.
セシルはにっこりと笑って,答えた.
「あぁ,いいよ.セイラムは必ずここへ帰ってくるからね.」

レニベス王国,王都.
この都の中をカイ帝国の軍人たちが我が物顔で練り歩いている.
セイはフィローンが王位のためにカイ帝国軍を引き入れたときから,この国に工作員として潜入していた.
王都の地理はだいたい頭の中に入っている.

見つからないように城壁によじ登り,片望遠鏡で都の中を眺めまわして,特に警備の厳重な場所を探る.
そこにサラを連れ去った,彼の双子の兄がいるはずである.
するといきなり左の頬が痛んだ.
しかしこれは彼自身の痛みではない.
セシルの奴,殴られたな,……まさかサラか!?

途端に首筋に冷たいものが当てられる.
「しまった,油断したな.」
セイは苦笑しつつ振り向いた.
「お久しぶり,セイ.」
明るい茶色の髪,紺碧の海を映す瞳の男が,人好きのする笑顔を見せて彼に剣の刃を当てている.
「聞きたいことがたくさんあるんだけど,いいかな?」
レニベス王国第10騎士団団長クランである.
「なんでも答えるが,その代わりサラを助けるのを協力してもらうぞ.」
セイは観念したように,手を剣の柄から離して言った.

ガシャーン…….
夜半,派手な音を立てて窓が割れる.
レニベス王国王都の中の,格調高い旅館の一室である.
慌てて兵士たちが部屋の中に入ると,長い栗色の髪を乱して少女が椅子で窓ガラスを割っていた.
兵士たちに気付くと,おろおろしながらも窓から外へ出ようとする.
「おい,ここは4階だぞ!」
「え?」
窓に足をかけながら,サラはぎょっとして下を見下ろす.
しかし意を決したように外へ飛び出そうとする.

「かの者に,マソフの守りを与えよ!」
するとサラは風に包み込まれ,部屋の中へどすんとしりもちをついた.
そうして呪文を唱えたものの顔を見やる.
くすんだ赤い髪,暗い色調の緑の瞳,セイの顔をした別の男.
サラはきっとにらみつけた.

「逃げなくても,セイラムはすぐに来るのに…….」
セシルは呆れたように言った.
「わ,私を助けに……?」
サラは上目遣いで聞いた.
……だとしたら,うれしい.すごくうれしい.
「いや,僕がここにいるからさ.」
セシルはにっこりと微笑んだ.
「僕たちは二人で一人.光と影,表と裏だからね.」
サラはなんとも言えず,黙ってセシルを見つめた.

「事情は分かった,分かったが…….」
王都郊外の町の,宿屋の一室でクランはセイに言った.
クランの後方ではブレーメンが,驚いた瞳でセイを見つめている.
まさか,カイ帝国の王族だったとはな…….
どうりで強いわけだ…….

「なら,今から助けに行くから,手伝ってくれ.」
そしておもむろにセイは椅子から立ち上がった.
「おい,ちょっと待てよ.」
慌てて,クランも立ち上がる.
「せめて俺直属の第10騎士団が来るまで待ってくれ.」
セイはじろりとにらみつける.
「それはいったい,いつだ.」
「国境からだから,どんなに急いでも20日くらいかな.」
すると無言でセイは部屋から出ようとする.

クランは観念したように叫んだ.
「分かった,分かったから! 第1,第2,第3騎士団をなんとかまとめるから,明日まで待ってくれ!」
セイは振り返って,クランの顔をまじまじと見つめた.
「おせっかいな男だな.」
するとクランはウインクして答える.
「なんの.セイこそ,意外に情熱的な男だな.」

窓から朝の光が差し込み,サラは眼を覚ました.
途端にがばっと布団と投げ出して,起き上がる.
私って奴はこんな状況なのに寝るなんて!
「やっと,起きたのか?」
呆れたようなセイの,いやセシルの声がする.

サラはぎくりとして,セシルの姿を認めた.
「眠っている女性を抱く趣味はないので,目覚めるのを待っていたよ.」
サラはベッドの中で後づさった.
しかしすぐに壁につきあたってしまう.
「あ,あの,あなたは私のことが好きなのですか?」
にじり寄ってくる男にサラは聞いた.

「何をいまさら…….」
セイと同じように,セシルは答えた.
「サラ,愛してるよ…….」
そうして無理やり口付けようとする.
同じセリフ,同じ声,同じ顔.それでも,
「いやったら,いや!」
サラは無我夢中で抵抗した.
しかし男はそんなサラの抵抗をものともしない.
体の自由を奪われて,サラはセシルに組み敷かれる.

その瞬間,彼女は見た.
鈍く銀に輝く竜が,身のうちに溶け込んでゆくのを…….
しかし今度は,竜は竜自身の意志によって来たのではない.
サラに召喚されたのだ!

……お前,また銀竜に支配されたいのか?
違う……!
今度は私が支配する!

「我が名に応えて,出でよ,神竜レニベウス!」
サラの瞳が銀に輝く.

王都の城門付近では,クランが指揮するレニベス王国軍とカイ帝国軍ですでに戦いの先端が開かれていた.
「いいかぁ,城門から引き付けるだけでいい!」
クランが兵士たちに怒鳴る.
「突出してきた奴らだけを徹底的に叩け!」
クランの変幻自在な用兵に,カイ帝国軍は対処しきれない.

「クラン将軍! あちらをご覧ください.」
そばにいた兵士が,いきなり血相を変えて叫ぶ.
城壁の中,王都の中心部,そこには……,
「銀竜!?」

王都を守るカイ帝国の軍が,その竜の姿に動揺する.
クランは鋭く,海の色の瞳を光らせた.
どうする!? この混乱に乗じて王都を奪還するか?
いや,しかし銀竜の狙いが分からない…….

クランは一瞬で結論を出した.
「よし,退くぞ!」
そして軍を退却させながら,ブレーメンに告げた.
「このまま逃げてくれ.俺はちょっと王都に潜入する.」
ブレーメンは驚いて彼の上官を見返す.
「恋に狂った男の手助けをしに行って来る.」

突然,部屋に現れた銀の竜はその巨体をもって,ただ存在するだけで部屋を,そして屋敷をも破壊した.
「セシル殿下! お逃げください!」
兵士たちが絶叫する.
しかしセシルは銀竜の足元に立つ,竜を従える少女の姿をただ呆然と眺めた.

「殿下!」
シキが,彼の主君を守ろうと部屋に入ってきた.
しかしそのまま前のめりに倒れこんでしまう.
その背には剣によって切られた跡が,そして彼の後ろからは,
「サラ! 居るのか!?」

「セイ!」
「セイラム!」
同時に呼びかけられて,しかしセイは迷わずサラのもとへ向かった.
そして無言で彼女の乱れた服の襟元を直した.
「サラ,逃げるぞ!」
「うん!」
サラにとってセイの顔はセシルとは似ていなかった.
セシルはセイと同じ顔だと思えるのに…….

「セイラム,なぜだ!」
崩壊する屋敷の中で,セシルが信じられないという顔で叫ぶ.
「お前は私の影だと言うのに!?」
するとセイはしっかりとサラの肩を抱いて馬鹿にしたように答えた.
「一人歩きすれば,影だって人格くらい持つさ.」

「くっ…….」
するとセシルは剣を抜き,なんとそれで自分の腹を深深と刺した!
「なっ!?」
驚くサラの横で,セイが身体をくの字に折り曲げ,どぉと倒れる.
「セイ!?」
セイは真っ青な顔で,サラの足元に倒れこんだ.
しかしセシルの方は平然と立ち,自らの血液で赤黒い血溜りを作りながら哄笑した.
そして腹を押さえて倒れこむセイの傍の,サラの元へ向かう.

サラはさっと両手を広げ,セイをかばった.
セシルはそのサラの片腕を乱暴に取る.
「セイラムを助けたかったら,その無限の魔力によって僕を癒すのだな.」
「え!?」
サラはその銀に輝く瞳を見張った.

「セイ,サラ,無事かぁ!?」
息を切らしながら,今度はクランが部屋に入ってくる.
もう,この部屋は崩壊寸前だ.
「誰だ,お前は!?」
サラの腕を取ったまま,苛立たしげにセシルは振り返った.
セイとまったく同じ顔に一瞬だけクランは戸惑ったが,サラの表情で彼らを判別した.
「レニベス王国第10騎士団団長クランだ! 王子セシル,覚悟!」
剣を抜いて,セシルに襲い掛かる!

一閃!
「うっ!」
予想していなかった強敵の出現に,セシルは必死に剣を取り応戦した.
しかし腹の傷から大量に血液がこぼれだす.
「うぅ…….」
すぐに自らの血溜りの中に倒れこむ.
クランは剣を彼に振り上げた!

「やめてぇ!」
サラは叫んだ.
「そんなことしたら,セイが死んじゃう!」
「なんだってぇ!?」
クランは驚いて,今にも死にそうな顔色のセイと彼を抱えるサラを見返した.

「いまいち事情は分からんが,なら逃げるぞ.」
クランはサラに代わってセイをおぶった.
セイを預けるとサラは,ただ破壊に勤しむ銀竜に声をかけた.
「お願い,私たちを乗せて.」
そのセリフに,クランはぎょっとする.
この国の守り神に向かって何を言うのだ,この少女は!?

しかし竜は従順に彼女に従いその首をもたげた.
戸惑うクランには構わず,サラは銀竜の背中によじ登る.
そして,
「クラン将軍も早く乗ってください.逃げましょう.」

銀の竜は3人を乗せ,崩れゆく屋敷を後にした.
王都を占拠するカイ帝国の兵士たちは,為すすべもなくただ呆然とそれを見送った…….

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