竜を探して


第七章 草原.


風だ.
今,私は風になっている.
どこまでも続く青い草原.
一人の赤い髪の男の子が声を上げて,泣いている.
「どうして,どうしてなの!?」
その少年の顔を見て,サラは驚く.
この顔は,セイ……!?
「どうして,僕は一人なの? どうして,僕には何も無いの?」

そして泣きはらした目で,風に舞うサラをじっと見つめる.
サラはぎくりとしたが,子供はどうやらサラを見つけたわけではないらしい.
「教えてください,マソフ様.僕とセシルで何が違うのですか?」

そこで,眼が覚めた…….

レニベス王国王都.
その都を囲む高い城壁を,外側から眺めながらサラは隣に立つ男に聞いた.
「ねぇ,セイ.なぜ最近キスしてくれないの?」
セイはそのくすんだ緑の瞳に困惑を映しつつ,彼女を見つめた.
彼女の瞳には銀の光が揺らめいている.
「それに,なんかよそよそしい…….」

銀竜と一体化しつつあるサラは,もはやセイの魔力の供給をほとんど必要としていなかった.
本人はそれに気付いているのかいないのか,口付けをしないセイを不思議に思っているようだ.

彼女の身のうちには,無限の魔力を持つ竜が住んでいる.
セイが彼女を愛そうと思っても,竜がそれを阻むだろう…….

「あのなぁ、なぜそんなことで責められないといけないんだ?」
不機嫌そうなセイの表情に、思った以上にサラは傷ついた.
「だって,よそよそしいんだもの.私が生き返ったから,気持ち悪いんでしょ!」
予想外の答えに,セイはきょとんとする.
「そもそも俺も,一度死んでいるだろうが.」
そして呆れたように答えた.

するとサラは返答に困ってしまう.
「そんなことより最近,夢は見ないのか?」
そんなことよりって,どうせ私はあれがファーストキスでしたよ.
「……見てない.」
むくれた顔をして,サラはそっぽ向いた.
セイの子供の頃の夢を見たなんて,絶対に言うもんか.

「セイ,サラ!」
ちょうどそのとき,城壁の門からクランがやってきた.
「とりあえず,中に入れるようになったぞ.」
なんだ,痴話げんかでもしているのか,というような顔でしゃべる.
「すぐに城へ行こう.」

門から町に足を踏みいれると,幾万もの視線にサラは囲まれた.
「銀竜の姫巫女……,生き残り…….」
「おいたわしい…….」
「陛下は何を考えて…….」
その視線の中を,クランに案内されながらセイとともに歩く.

心細く居心地悪く,サラは隣を歩くセイの顔を見上げた.
そして,そっとその腕を掴んだ.
するとセイは強くサラの肩を抱き寄せる.
右手ではすぐに剣を抜けるように構えながら,痛いほどの警戒を放っていた.

「セイ,サラ.ここが王城だ.」
白亜に輝く,西洋の城.
まるでヨーロッパの観光案内に載っているような城だ.
しかし明らかにそれとは違う.
門の衛兵たちが鋭い視線でサラたちを見返す.
人を威圧するような力を持っている城だ…….

「私は第10騎士団団長クランだ.王にお目通り願いたい.銀竜の姫巫女をお連れした.」
クランが門番に来意を告げる.
サラはただただ圧倒されて,城を見上げていた.
見かねたセイがサラに注意を与える.
「おい,お前,あまりぼんやりとするな.」
ここに王がいる……,私を契約で縛ったものの末裔が…….

瞬間,サラの瞳が銀に輝いた!
「いと小さき者たちよ,我が威にひれ伏すがいい!」
まばゆい閃光が走り,城の衛兵もクランも,セイまでもなぎ倒す.
「サラっ!」
城の中へ走り去る彼女に向かって,セイは叫んだ.

城へ侵入すると,すぐにサラは兵士たちに囲まれた.
しかし,その足を休めずに魔法を繰り出す.
「光よ!」
そして倒れた兵士たちにはかまわずに,城の奥へと向かって走り出す.

「サラ.待て!」
その後をセイは必死に追いかける.
彼女の足とは思えないほどのスピードだ.
「セイ,この先は王の謁見室だぞ!」
セイの後を走る,クランがどなる.

兵士たちを魔法で打ち倒しつつ,サラは豪奢な部屋のドアまで来た.
さっと足を止めて,瞳を銀に輝かす.
「炎よ,燃やし尽くせ!」
とたんに炎を舞い上げて,ドアは崩れ落ちた.
部屋の奥,玉座で驚愕に震える王の姿が見える.

サラはむしろ静かに,王に向って歩いていった.
玉座の上で,金の髪,青い瞳の美貌の王が叫ぶ.
「止めよ,この娘を止めよ!」
とたんに幾人もの兵士たちがサラに襲い掛かる.
しかし,
「侮るな!」
いかずちが兵士たちを打つ!

そのあまりの強さに,誰もが圧倒される.
玉座の上で,フィローン王は恐ろしさに震えた.
「銀竜…….」

「王よ,レニベスの末裔よ.1200年の永きにわたって我を拘束した罪を受け取るがよい.」
とたんに彼女の体から銀の光が,いや銀に輝く竜が出現した.

「サラーーーーー!」
セイが叫んで,サラのそばに向かう.
しかし実体化した銀竜は少女をその手で掬い取り,その体を震わせた.
部屋の天井が脆く崩れだす.そして城全体が震えた.
「くそっ.」
セイは床に伏せ,転倒を防いだ.

しかしそのそばをクランが通り抜ける,一直線に王に向かって.
「フィローン,呆けるな! 銀竜の狙いはお前だぞ!」
竜が炎を吐く,玉座に座る王に向かって.
間一髪,クランに引き倒されてフィローンは炎をかろうじて避けた.

銀竜が第二射を試みようとすると,その腕を灼熱の痛みが走る.
「こいつは返してもらうぞ.」
銀竜の腕からすべり落ちたサラの体を,セイはしっかりと抱きしめた.

「われの前に立ちふさがる者どもを焼き払え,炎よ!」
銀竜の右足が燃え上がる.
クランがフィローン王を背中でかばいつつ,呪文を唱えたのだ.
竜はその銀の瞳を,二人の男たちに向けた.

もはや城は崩壊しつつあった.
逃げ惑う人々で燃え落ちたドア付近は込み合っていた.

剣をしっかりと真正面に構え,クランは王国の守護竜と対峙した.
「フィローン! さっさと逃げろ!」
しかし王は狼狽しつつ,もはや存在しない燃え尽きた玉座に向かう.
「い,いやだ…….玉座は俺のものだ.」
その目にはもはや狂気しか映ってなかった.
「なぜだ!? なぜ手に入れたとたんに崩れ落ちる.」

途端に衝撃が二人を襲った.
クランはフィローンとは別の方向へと飛ばされた.
「将軍,陛下,早くお逃げください!」
真っ青な顔で,ブレーメンがドアの側で声を張り上げている.
「もう駄目です.この城は崩壊します.」

「いやだーーーーー!」
フィローンは叫んだ.
途端に彼の身体は燃え上がる.
「フィローン!」
銀竜のブレスが直撃したのだ!

銀竜が吼えるように笑う.
「これで我は自由だ!」
そうして大きく翼をはためかせて,崩れゆく城から飛び立つ.
「待て! よくもフィローンを!」
復讐に燃え上がる瞳でクランは叫ぶ.

しかし銀竜はまったく彼には注意を払わずに,ただ逃げ惑う人々の中の赤毛の男に抱きかかえられた少女だけを見つめた.
そうして少しずつその輪郭を空に溶け込ませて,竜は消えた…….

レニベス王国暦,1203年.
王城は,その神獣の襲撃によって崩壊した.
しかしそれはまだ始まりに過ぎなかった.
このとき王国北東の海岸に,カイ帝国からの軍船団が近づきつつあったのだ.

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