竜を探して


第四章 国境へ.


豪奢な部屋,豪華な天蓋付きのベッドにサラは腰を降ろしていた.
そばに立っていた,くすんだ赤い髪の男がしゃがんでサラを熱っぽい視線で見つめる.
「君は僕のものだ…….」
その男の顔は,セイの顔だった.

「うそっ!」
サラは叫んで飛び起きた.
朝の光がまぶしく,そしていつもどおりに頭痛がする.
今のは夢!?
「また,予知夢か?」
セイの声がする.
しかし今日は頭痛よりも胸の動悸の方が激しい.

セイはいつもどおりサラに魔力を送り込むと,彼女の顔を覗き込んだ.
「どんな夢だったんだ?」
途端に彼女の顔は真っ赤になる.
「きょっ,今日のは,ただの夢だと思う!」
「……そうか?」
セイは不思議そうにサラを見つめた.

……君は僕のものだ.
顔から火が吹いてしまいそうだ.
サラは苦しく,話題の転換を試みた.
「あ,あの,初めて会ったとき,どうして私の中に銀竜がいるって分かったの?」
そっけなくセイは答える.
「逃げてゆく銀竜を追いかけていったら,そこにお前が倒れていたからさ.」
「あ,そうなの……?」
少し拍子抜けした態でサラは聞いた.
「だから,すぐに王国軍の連中も来ただろう?」
セイの顔には「馬鹿か,お前は?」と描いてある.
「そ,そうよね…….」

彼女がこの世界に来てから,5日が経っていた…….

「クラン将軍!」
宿屋の部屋の中で地図を覗き込んでいたクランとブレーメンは不機嫌そうに顔を上げた.
王都からの伝令を伝えに来た兵士である.
「フィローン陛下からのご命令です.」
クランはやる気なさげに,ブレーメンは畏まって聞いた.
「第10騎士団はサライ諸侯国国境警備隊第8騎士団とともに,銀竜の一族の生き残りおよび銀竜の抹殺にあたれとのことです.」

「第8騎士団とは,どこで合流するのだ?」
耳を掻きながら,熱意なさげにクランは聞いた.
「それは……,捜索するうちにどこかで合流するだろう,とおっしゃっておりました.」
そんないいかげんな…….
クランは呆れたが,すぐに懐かしそうに微笑んだ.
まぁ,フィローンらしいよなぁ…….
「あっそ.じゃ,俺ら第10騎士団もぼちぼちこの町を出発します.」
適当なクランの受け答えに,伝令の兵士は少しむっとした.

あぁ,こんなにも森の中を歩きつづけて,今の私はきっと目標体重だわ…….
「ねぇ,セイ.」
森の中でサラは前をさっさと歩いてゆく男に話し掛けた.
「セイはダイエットとかしたことある?」
といっても返事など期待していない.
「今の私って出会った頃よりスマートになってないかしら?」
基本的にセイはサラの話を聞かない.
必要なことだけを説明し,必要なことだけを聞いてくる.

「やっぱりずっとこうやって歩き続けているからかなぁ.そう考えるとちょっとうれしいな.」
しかしサラはついつい話し掛けてしまう.
黙ってしまうと,いろいろ考え込んでしまうからだ.
今ごろ心配しているのだろう……,父と母は.
「だって私って意外に太っていて,セイは簡単に持ち上げちゃうけど…….」

何度もセイに抱き上げられている自分を思い出して,サラは顔を赤くしてしまう.
「……実は結構重いなぁ,なんて思っている?」
するとまるで話を聞いていない風だったセイがぷっと吹き出した.
「な,なによ,そんなこと思っていたわけ!?」
真っ赤になってサラが叫ぶと,セイは足を止めてサラを振り返った.

「サラ,お前,馬には乗れるよな?」
「え?」
きょとんとした顔でサラは,セイを見つめ返した.
「この町で馬を調達しよう…….」
彼らの前には最初に行った町より少し小さな町並みが広がっていた.

「いいか,エンデ王国へ行くには北西のサライ諸侯国を経由して行った方が安全だ.」
町へと降りながら,セイは説明した.
「エンデとレニベスは歴史的な敵国だからな,国境はきっと渡れないだろう.しかしサライはそのどちらの国とも国交がある.」
フードをかぶりながら,サラは言った.
「なんか,そうゆうところは地球と変わらないのね.」
そしてセイのその大きな手をそっと握った.
セイはぎょっとしてサラを見つめ返したが,何も言わずに歩いた.
……なんか,この人のこうゆうところってかわいいなぁ.
サラは楽しそうにしのび笑いを押し隠した.

その小さな町はどこか騒然としていた.
また兵隊でも居るのかと構えた彼らだったが,広場で人々が集まっているのだった.
「現王はカイ帝国の軍をこの国に引き入れたのだぞ!」
「……しかし,おかげでやっと平和に…….」
「竜神様を殺めようなどと恐ろしい.」
思わずその人々の群れをじっと見つめるサラに,セイは促した.
「構うな,行くぞ.」

するとその集団の中,意味深に二人を見つめる男が居る.
セイはぎくっとして立ち止まった.
「……セイ?」
サラは不安げな顔で,セイを見上げた.
すると男はまっすぐに二人の方へやってきた.

「セイ様,この女性は?」
そしてじっとサラの顔を,色の違う両目を見つめる.
黒い髪,緑の瞳の25,6歳程度の男性だ.
サラはぎゅっとセイの手を握った.
「話すことは何も無い.」
セイが固い声で答える.
「ただ命令を実行しているだけだ.」

しかし男は探るような視線でセイの顔を撫でまわす.
「私もお供しましょうか?」
そうしてサラの顔をじっと覗き込む.
「それにこの女性は巫女としては魔力が足りないのでは……?」
そしてサラの頬に片手をあてて,無理やり口付けようとする.
「え? や,やだ…….」
すると間にぐいっとセイが割って入った.
「魔力は要らない,供もだ.」

むっとしたように男は言い返す.
「本国に報告しますよ.」
「好きにすればいい.」
そしてセイは強引にサラの腕を引っ張り,男を置いて広場を後にした.

「あ,あの,セイ?」
引きずられるように歩きながら,サラは聞いた.
「今の人は誰?」
するとセイはじろっとサラをにらんだ.
「お前には関係ない.さっさと馬を調達して,この町を出るぞ.」
サラは不安そうな瞳で,セイを見上げる.

……俺は,レニベス王国の敵だ.
セイ様って,本国に報告って……,セイは何者なの?

「あの,セイ.もう一ついいかしら?」
するとセイは今度は無言でにらんでくる.
「私,馬に乗ったことが無い…….」

命令を受けてから約1ヶ月後,クラン率いる第10騎士団はサライ諸侯国国境警備隊である第8騎士団と合流を果たした.
なんということはなく互いに銀竜の少女を追い駆けまわした結果,出会っただけであった.
「第10騎士団団長クラン将軍,初めてお目にかかる.私は第8騎士団団長ナシオである.」
そのしっかりした挨拶に,クランはいいかげんに答えた.
「はぁ,どうも…….」
「将軍は若いながらに有能な戦術家と聞いております.力を合わせて必らずや 陛下のご信頼に応えましょうぞ!」
さしのべられた手を,クランを苦笑しつつ取った.

クランが率いてきた第10騎士団は,この1ヶ月確かに銀竜の少女とそのお守りをする青年を追い掛け回してきた.
しかしただ追いかけっこを演じていただけで,実際には刃をまったく合わせていない.
追いかけられる二人の方でもクランのやる気のなさに気付いたのか,追いかけてくるのが 第10騎士団だと分かると,あまり必死になって逃げたり攻撃したりしてはこなかった.

しかしそれに対して第8騎士団は,赤毛の男によって結構な被害を受けたらしい.
壮年のナシオ将軍は憤慨して言った.
「まったく,あの赤毛の男は化け物ですな!」
同等の指揮官であるクランに向かって言い募る.
「剣技は超一流.銀竜の姫巫女をかばいつつあの強さ.むしろ軍に引き入れたいくらいですな!」
誉めているのやらけなしているのやら,クランはその発言に軽く首をすくめた.

「サラ,あれがサライ諸侯国との国境だ.」
高い丘の上にたち,サラはセイとともにその風景を眺めた.
南北にゆったりと流れる不思議な色の川.その川の手前と向こうに砦が見える.
手前がこの国の砦で,向こうがサライ諸侯国のものだろう.

そして川には大きな橋がかかっていた.
今まさに荷馬車の一群が,こちらに渡ってきたところだ.
「あの川は魔法によってできた川で,あれが実質の国境だ.」
「あれを渡ればもう軍隊に追いまわされないのね……?」
「あぁ…….」
セイはサラの細い肩を抱き寄せた…….

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