ロインの川を越えて

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  第七話 男装の王女と旅立ち  

 長い髪を後ろでひとつにまとめる。大きな鏡で、自分の姿を確認した。そこに映っているのは、騎士見習いの男の子だった。剣こそ下げていないが、剣がないことで、そして私が不安そうな顔をしていることで、よりいっそう騎士になったばかりの少年に見える。
「フェアナンドにそっくり」
 男装したせいで、普段よりも兄に似ている。初めて騎士の制服を着たが、よく似合っている。私を見て、女性と思う人はいないだろう。嫌いだったこの男顔が、変装のために役に立つとは想像しなかった。
 着がえの済んだ私は、扉を開けて隣室に入る。部屋には旅装を整えたフェアナンドと、護衛のための騎士がふたりいた。
「ご安心くださいと言うのも妙ですが、少年にしか見えません」
 騎士のひとりであるワルトが大まじめに言う。彼は口もとに白いひげがあり、髪も真っ白だ。前王の代から城にいる、初老の騎士だ。
「ありがとう」
 私は苦笑する。
「ですが、ただの少年とも思えません。あなたとフェアナンド殿下は、容姿が似ています。たいていの人は、血縁関係があると考えるでしょう」
 もうひとりの騎士であるマイノが、冷静にしゃべった。彼は三十代の男性だ。私とフェアナンドが一緒に歩けば、周囲の人々はふたりは兄弟と思うだろう。フェアナンドは少し考えてから、しゃべる。
「この騎士見習いの少年は私の母方のいとこ、ということにしよう」
 私はうなずく。私は馬に乗れるし、剣もちょっとだけなら扱える。騎士見習いごっこは、それほど大変ではないはずだ。でも私は不安になって、フェアナンドに問いかけた。
「こんなにも少年にしか見えなくて、ラウリン王子は私を嫌いにならないかしら」
 何を今さら、と思われる質問かもしれない。だが私の恋は始まったばかりで、土から芽を出した瞬間に妹のリーナにつぶされた。フェアナンドは困って、まゆを下げた。それから気楽に笑う。
「ラウリンを見つけたら、女性の姿に戻ればいい。もしもその服を着たまま、ラウリンと出会っても」
 兄はさびしそうだった。
「彼が君に気づいて、それでも愛しているというなら、君はラウリンを信じてついていけばいい。私は安心して、君をアーレ王国へ見送る」
 私とフェアナンドは、たったふたりの兄妹だ。兄と離ればなれになるのは、私もさびしい。だが私は、ラウリンと結婚すると決めた。私は気持ちを切り替えて、ワルトとマイノに言う。
「騎士のあなたたちを、私的な用事で使ってごめんなさい。けれど私を、ラウリン王子のところまで連れていって」
 ふたりはさっと、私の前にひざまずいた。
「あなたはわれらが主、フェアナンド殿下の掌中の珠です。必ずあなたをラウリン王子のもとへ送りましょう」
「ましてやラウリン王子は、フェアナンド殿下のご友人です。わが国の客人でもあります。われらが力を尽くすのは、当然です」
 彼らはフェアナンドに、個人的な忠誠を誓っている。人望のある兄には、そういった仲間がたくさんいる。
「ありがとう」
 私は心から礼を述べた。ワルトたちは立ち上がると、にこっと笑う。
「城から出て、馬を走らせましょう。ラウリン王子たちには土地勘がありません。馬を走らせる速度も遅く、分かりやすい道を選ぶでしょう。夜は、大きな街の宿屋に泊まるはずです」
 追いつくのは、たやすいだろう。さらにラウリンたちは外国人で目立つ。宿場街で探すのも簡単だろう。フェアナンドだけは父にあいさつをして、私たちは城から出ていった。

 フェアナンドは普段からよく城を出て、王都の様子を見る。王都から足を伸ばして、国中を見て回ることも多い。兄はその旅に、たまに私を同行させてくれる。なので私は、フェアナンドほどではないが旅慣れていた。
 ただ変装して旅をするのも、これほど少人数で出かけるのも初めてだ。そしてフェアナンドの顔は広い。王都郊外では、
「アーレ王国の男たちは、この街道を南下していきました。ひとりえらく見目のいい男がいましたが、世界の終わりのような悲壮な顔をしていました。彼は何があったのですか?」
 その地域の顔役であるおじいさんが教えてくれた。さらに王都を出てからは、フェアナンドの顔見知りである商人の男とばったり出会う。
「彼らはネッカーで、宿をとると言っていました。だからお勧めの宿を教えました。今夜はその宿に泊まるでしょう」
 ネッカーは大きな街だ。ラウリンたちがネッカーに寄ることは、私たちの予想どおりだった。
「ただ、顔色の悪い銀髪の男がいました。彼は体調を崩しているのでしょう。仲間の男たちに心配されていました」
 ラウリンの行方は簡単に知れた。そして容易に追いつけそうだった。しかしラウリンの調子は悪そうだ。私は彼が心配だった。けれどフェアナンドと騎士たちは、またちがった深刻な顔をする。
 ラウリンは、アーレ王国から来た客人だ。それを私たちはもてなすことができなかった。それどころか傷つけた。シュプレー王国のメンツにかかわることだった。
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