ロインの川を越えて

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  第五話 妹の逆襲  

 ひとりの兵士に案内されて、私とフェアナンドは速足で、ラウリンの泊まっている客室へ向かった。寝室のベッドのそばで、ネグリジェを着たリーナと、その母であるカーリーンがもめている。私には不安しかない。
 部屋の隅では、ふたりのメイドがおろおろとしている。彼女たちはフェアナンドに気づくと、ほっとした。城の者たちはほぼみんな、兄を頼っている。ラウリンの姿はなかった。
「ラウリンはどこだ? なぜ君たちがここにいる?」
 フェアナンドは、リーナとカーリーンに厳しく問いかける。妹は勝ち誇ったように、金髪をかきあげた。
「昨夜、ラウリンに呼ばれて、このベッドで愛し合ったの。朝まで一緒にいた」
 ベッドは乱れていて、私はめまいがした。けれど足をしっかりとふんばる。ラウリンが私を裏切るわけがない。リーナが彼に何かをしたのだ。私は妹をにらみつける。
「彼は私と結婚して、この国に留まるわ」
 リーナは勝気に言う。フェアナンドは私を守るように、肩を抱いた。そして冷静に話す。
「君の言葉が真実だとして、ラウリンは今、どこにいる?」
 都合の悪い質問だったのだろう、リーナは口をつぐんだ。
「ラウリンを探して、すぐにこの城からつまみだして!」
 カーリーンが感情的に、フェアナンドに向かってさけぶ。兄は顔をしかめる。それから私に向かって話した。
「今、この場に留まっても、得るものはない。ラウリンを探そう」
 私は動揺しきって、声が出なかった。本当は泣きわめいて、リーナになぐりかかりたい。ラウリンに何をしたの!? 私の夫になる男性よ。「手をつないでください」でさえ、勇気を振りしぼらないと言えない人なのに。
 私はぐっとこらえた。体が震えている。兄の言うとおり、ここにいるよりラウリンを探すべきだ。私はフェアナンドに向かって、首を縦に振った。
 フェアナンドは痛ましげに私を見る。だが表情を引きしめて、私の手を引いて寝室から出ようとする。入れちがいに、血相を変えた父が寝室へ入ってきた。
「お父様」
 リーナは父に、こびた笑みを見せる。父はリーナのわがままを何でも聞く。しかし父は腕を振り上げ、彼女のほおをぶった。リーナは目を丸くして、ほおを片手で押さえる。突然の暴力に、ぼう然としている。
「お前には、カペー王国の王子からの縁談も来ているんだぞ!」
 父は激怒してさけぶ。意外な話に私は驚いた。フェアナンドもびっくりしている。カーリーンに至っては、目も口も丸く開けていた。
「いつ、そんな話が来たのですか?」
 フェアナンドは質問する。父は言い訳するように、早口で答えた。
「三日前のことだ。お前にも相談しようと思っていた」
 けれどリーナがラウリンと結婚したいとだだをこねて、父はその対応に追われていた。なのでカペー王国の件は後回しにした。
「カペー王国のシャルル王子から手紙が来た。『フェアナンド王子の妹を王家に迎え入れたい』と書いてある。彼の二十才の弟に嫁いでほしいそうだ」
 シャルルは世つぎの王子だ。すでに婚姻していて、愛妻家といううわさもある。
「妹姫はこれ以上はなくもてなし、大切に扱う。カペー王国の城で豪勢な結婚の宴を催し、周辺諸国の王族たちも招待する。『フェアナンド王子にも出席してほしい』と書いてある」
 父は兄に、どうすればいい? とたずねる。リーナはわが国一の美女と言われている。だからなのか、シャルルはえらく下に出ている印象だ。カーリーンの顔が真っ青になる。彼女の娘は、この上ない良縁を棒に振ったのだ。
 カペー王国は、西に隣り合う大国だ。つい十年前まで戦争をしていた。しかしその戦争によってたがいに消耗し、今は一応の平和が保たれている。
 王族同士の結婚は和平のためのものだ。シャルルは平和の存続を望んでいる。結婚によって、両国の和解と結びつきを周辺諸国に宣言するつもりだ。
「シャルル王子は誠実な人柄で、国民からの信望もあつい。だがこの縁談は、わが国にとって都合がよすぎる。なぜだ……」
 フェアナンドは難しい顔をしてつぶやく。彼も和平を望んでいる。戦争再開を主張する者たちもいたが、フェアナンドが少しずつ彼らを要職から外していった。そして今、都合よく縁談話が来た。
 兄はこの話に飛びつきたいだろう。もしも縁談を断るとしても、和平の妨げとならないようにしなくてはならない。カペー王国に失礼があってはならないのだ。なのにリーナは、なんて軽率なことをしたものだ。
 周囲の深刻な様子に、リーナはおろおろとした。自分がとんでもないことをやったと、彼女は気づいたのだ。
「でも……、でも……」
 リーナは子どものように泣きだした。
「ミラが私から、ラウリンを取るからいけないのよ! ブスのくせに、彼と結婚すると言うから」
 彼女は私を指さした。悪いのは私ではなくリーナだ。そう頭では分かっているが、妹の言葉は私の胸をぐさりと刺した。フェアナンドはリーナを、殺さんばかりににらむ。だが彼女を無視して、冷たい声で父に話した。
「何事もなかったことにしましょう。ラウリンは早朝、城から出ていった。彼のいなくなった客室で、リーナはひとりで大騒ぎしている」
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