パパはアイドル!


パパは元アイドルだ,お風呂場ではよく,自分の昔のヒット曲を歌っている.
「でもパパって,音痴だよね.」
わたしがしらけた目をして言うと,パパは妙に威張って答えた.
「そりゃぁ,パパは歌手じゃなくて,アイドルだったからな!」

パパは元アイドルだ,家にはパパが昔出演していたドラマのビデオがたくさんある.
「でもパパって,演技が下手だよね.」
わたしが呆れた声で言うと,パパはあっけらかんと答えた.
「そりゃぁ,パパは俳優じゃなくて,アイドルだったからな!」

「パパのせいで,わたしは学校中の笑い者よ!」
パパは元アイドルだ,先週の授業参観日はおかげでえらい騒ぎだった.
「だから当分の間,パパのことは嫌いになるもん!」
お調子者のパパは,おばさんたちの声援に応えて,教室でダンスまで踊ったのだ.

「そんなぁ,パパは那美(なみ)に嫌われたら,死んじゃうよ.」
「知らない!」
わたしはぷいっとそっぽむいた.
そして宿題である算数のドリルに向かう.
するとパパは諦めたようにソファーから立ち上がり,台所へと行く.

台所で晩御飯を作っているママの所へと行くつもりなのだ.
こうなると,後を振り向いてパパの姿を追うのは危険である.
わたしは居間のテレビのスイッチをつけた.

案の定,
「きゃぁ!?」
ママの驚いた悲鳴が聞こえる.
「いきなり,抱き着いてこないでよ!」
あ〜あ,一応,思春期の娘が居るんだから,気を使ってよね.
「馬鹿! 離してよ,邪魔!」

ママは元アイドルでもなんでも無いらしい.
でもとても美人で,わたしの自慢だ.
「ママを口説くのは,ものすごく大変だったんだぞ.」
パパがそんなことを言うたびに,アイドルだったのはパパじゃなくてママの方だったのでは,とわたしは思ってしまう.

「那美,ご飯にするから,テーブルの上を片付けなさい!」
「はーい.」
ママの声に,わたしは元気良く返事をした.
散らかしている教科書やノートを一つにまとめる.

2階の自分の部屋まで持ってかえるのは面倒くさいな…….
どうせ,ご飯の後もここで宿題をするつもりだし.
テレビの上に,勉強道具を置こうとしたら,
「こら!」
振りかえると,ママがトレイを持って仁王立ちしている.
「ちゃんと片付けなさい!」

「はーい.」
仕方無しに,筆箱とかを持って階段へと向かう.
ママはてきぱきとテーブルの上にお皿を並べ始めた.

パパは元アイドルだ,お節介な近所のおばさんたちがパパがアイドルを辞めた理由とかを教えてくれる.
とんとんと階段を上り,自分の部屋へと向かう.
わたしが実はパパの子供ではないことや,ママが一時期失語症に陥っていたことや,パパが暴力事件を起こしたこととかを.

わたしはパパの子供じゃないの!?
昔,ママに何があったの!?
パパは何をしたの!?

わたしが大人になったら教えると,パパとママは言ってくれた.
でも気になる…….
……気になるけど,聞くのが怖いような気もする.

机の上,ランドセルの横に勉強道具を置くと,わたしは階段を降りて,居間へ戻る.
パパは元アイドル,それ以上にすごいことがうちの家には隠されているらしい.
居間の扉を何気なく開けると,わたしはパパとママのキスシーンに出くわした!

あぁ,もぉ! 気を使ってよね!
慌てて階段に戻る.
こうみえても,わたし一応,悩み事を抱えているんだから!

パパと違って,繊細で壊れやすいガラスのセンシティブハートなんだよ!
うわぁ,パパの曲で,そんなタイトルのものがあったような…….

そぉっと居間を覗くと,パパとママは仲良くテレビを見ていた.
後はわたしが着席すれば,いつもの晩御飯が始まる.
「ママ,聞いてよ!」
わたしはぷんぷんと怒りながら,居間へと入った.

「パパが授業参観に来たせいで,今日一日中ずぅっと恥ずかしい思いをしたんだからね!」
いつもの席に座ると,パパはわざとらしく,よよよとショックを受けたしぐさをした.
「す,すまない,那美,」
下手な演技で,目頭を押さえて,
「パパは元アイドルだから,大勢の前に出ると,」

「いただきます.」
ママはパパのコントとしか思えない一人芝居を無視した.
「いただきます!」
わたしもそれに倣って,お箸を持つ.

「人のぼけをつっこまずに流すとは……,那美,高度なテクニックを手に入れたな.」
「無視しているだけだってば!」
関西人じゃあるまいし,パパにいちいちつっこみを入れていたんじゃ,きりがない!

「二度と学校には来ないでね!」
パパは元アイドルだ.
「えぇ〜,かわいい娘の勉強している姿を見たいだけなのに.」
ときどき,テレビ局が取材にやってくる.
「あなたの場合,見たいというより,ちゃかしてからかいたいだけでしょ!」
あの人は今,みたいな番組がときどきあるのだ.

元アイドルのパパは,今ではわたしのパパだ.
「娘の那美,かわいいだろう?」
昔の芸能界の知り合いがやってくると,パパはまずわたしの自慢話を始める.
この前のテストで百点を取っただの,鉄棒が得意だの,……正直,恥ずかしいから辞めてほしいのよね.

そんなとき,ママはこっそりと影で泣いている.
パパが知り合いの人たちに,芸能界に戻らないかと勧められるときには…….
わたしがどうしようと途方にくれていると,パパが飛んできてママの身体を抱きしめる.

「言っただろ?」
娘のわたしでさえ,聞いていて恥ずかしくなるような台詞を吐く.
「俺にはお前と那美が居れば,十分だと.」
さすがに気を利かそうかなぁと思って,部屋から出て行こうとすれば,パパに首根っこを掴まれる.
「那,美,ちゃ〜ん,」

「きゃぁ!?」
わたしはパパに抱き上げられた.
「うわぁ,那美,重くなったなぁ!」
思春期の娘になんてことを言うのよ!?
「おろしてよ,パパの変態! すけべ!」
「え!? まじで!?」

パパは,無理やりにわたしを抱きしめる.
「そっかぁ,もうそうゆうお年頃かぁ.」
「そうよ! もう小学5年生なんだから!」
子供扱いしないでよ! もう立派な大人だもん!

パパは元アイドルだ,カラオケに行くとのりのりで歌って踊り出す.
「でもパパって,バク転できないよね?」
わたしが馬鹿にするような口調で言うと,パパはおどけて答えた.
「そりゃぁ,パパは体操の選手じゃなくて,アイドルだったからな!」

パパは元アイドルだ,街を歩くとときどきサインを求められる.
「芸能界に復帰なさらないのですか?」
元ファンだという人に聞かれると,パパはにっこりと笑って答えた.
「元アイドルのパパ,今のこの身分が一番気に入っているのでね!」

パパは元アイドルだ.
うちの家は実は秘密だらけだ.
わたしは悩み多き10歳のセンシティブハートだ.

ね,わたしってば不幸でしょ,かわいそうでしょ!?
だから読者の皆さん,パパに言ってくれない?

もう二度と授業参観には来るなって!

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