花々のたくらみ

続き | 目次

  1 捨てる神あれば拾う神あり  

 十五才のときだった。
 私は道路に突然現れた穴に落っこちて、異世界のとある王国へ行った。幸いにもお城の魔法使いたちが手をつくして、一か月後には日本に帰れた。
 けれど、お城に滞在する間に王子様を好きになって、彼と離れたくなかった。最後に一回だけキスをして、泣きながら別れた。私の初恋だった。
 そして、大人になった今。私は再び、この国へ来た。

 お城の図書室で、私はルーファスを見つけた。白い壁にもたれて、難しそうな顔で本を読んでいる。明るい茶色の髪も、濃い灰色の瞳も変わらない。ただ、体がとても大きくなっていた。
 そうだよね、ルーファスは今、二十二才。私だって去年、成人した。
 彼は人の気配に気づくと、本から目を上げた。視線がぶつかって、どきりとする。
「ひさしぶり」
 私は笑みを浮かべた。
「私を覚えている? 綾子だよ」
 ルーファスは無言だ。
「また異世界から落ちちゃって」
 彼はため息を吐く。
「わが国では二百年か三百年に一度、異世界から人がやってくるが」
 本をパタンと閉じた。
「十年もたたずに、しかも同じ人間が流れてくるわけがないだろ?」
 彼はあきれている。私は言葉に詰まった。
「母上がお前を、迎えに行ったんだな?」
 半分正解だけど、首を振る。
「すぐにばれるうそをつくな」
 ルーファスは本を持ったままで、こちらへやって来た。
「ロイが来てから、『綾子に会いに行け』と毎日うるさかったからな」
 ロイは、新しくお城にやってきた魔法使いだ。なんと十三才の天才少年。見た目は普通の子どもだけど、巨大な魔力を持っている。
 なので条件がそろえば、私の世界とルーファスの世界を行き来できる。よって、彼の母親と婚約者が私を迎えに来た。
「いつ帰る?」
 ルーファスは間近から、私は見下ろす。六年前よりもずっと背が高いので、威圧感があった。私は愛想笑いをしたけれど、彼は怒っている。迷惑そうだ。
「帰った方がいいよね?」
 弱気になってたずねると、ルーファスのまゆが跳ね上がる。ほおを紅潮させて、どなりたいのを我慢している。握りしめた拳が震えていた。
 こ、怖い。私は、じりじりと後退する。
 ルーファスは、優しい男の子だった。いつも笑顔で、毎日好きとささやいて抱きしめてくれた。思い出の少年と、今、目の前にいる彼が重ならない。
 彼が一歩を踏み出した瞬間、私は悲鳴を上げて逃げ出した。全速力で図書室から出て、廊下を走り三つ目のドアに入る。
 部屋では、ルーファスの婚約者であるリヴァイラと、王妃様が目を丸くしていた。
「感動の再会を果たした風には見えないわね」
 リヴァイラが紅茶のカップを、優雅に丸テーブルに降ろす。私はドアのそばで、へなへなと座りこんだ。
「顔色が悪いわ」
 王妃様がいすから立ち上がり、そばまでやってくる。手を貸してくれたので、私はすがりついて立ち上がった。
「ルーファスが別人です」
 王妃様は気まずげに目をそらした後で、
「あなたがいなくなってから、めっきり無愛想になって」
 ごまかすように笑う。
「照れているのよ。内心では喜んでいるにちがいないわ」
「そうは思えないです」
 私が言うと、リヴァイラがむっとして、ずかずかとやってきた。
「ルーファス殿下のことが嫌いになった?」
 ダイナマイトボディが仁王立ちして、私をにらむ。私は、ぷるぷると首を振った。
「なら、いいのよ」
 にーっこりと極悪な笑みをたたえる。金髪巻き毛のゴージャスな美女なので、迫力がある。
「私は政略結婚は嫌なの。加えて」
 リヴァイラは私を、びしっと指さす。
「忘れられない初恋の女性がいる男との結婚なんて、みじめだわ」
 私の鼻を、ぐいぐいと押す。
「私は、私だけを愛してくれる男性と恋愛結婚をするの」
 私の鼻を解放して、リヴァイラは手を胸に当てて宣言した。
「私の家名でも財産でもなく、私自身を求める人と!」
 だって私はこんなにも美しくて賢いのですもの、と高笑いをする。
「そのためには、手段は選ばないのよ」
 肉食獣のまなざしを、私に向ける。
「王子と結婚したくない私と結婚したいあなた。私たちは、友だちになれるわね?」
 気迫に押されて、私はうなずいた。
「強引なことをしてでも、あなたには私と殿下の結婚を阻止してもらうから」
 鼻息を荒くするリヴァイラに、あまり無茶はしないでと心配する王妃様。私は完全に巻きこまれている。正確には、リヴァイラが私と王妃様を巻きこんでいる。
 でも、いい。私には、私の打算がある。ルーファスをリヴァイラにとられたくない。二度と会えないと考えていた彼に会えたのだ。
 だから、あきらめたくない。ずっと彼のそばにいたい。今度こそ。
「がんばる。絶対にルーファスを落としてやる!」
「その意気よ! さっさと私から殿下を略奪してちょうだい」
 私とリヴァイラは、がっしりと熱い握手を交した。
続き | 目次
Copyright (c) 2012-2018 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-