鶴の恩返し


***夏休みヒーロー編***
トントン.
戸を叩く音に,健は小屋の扉を開けた.
見ると,戸口には一人の女性が……,
「リルカ,かわいい!」
「きゃぁ!?」
健はいきなりリルカに抱きついた.
「着物,すげー似合っている.いやぁ,俺ってば幸せ者!」
「あ,ありがとう.」
健からの賛辞にリルカは多いに照れた.

リルカとしては,この日本の着物というものは帯が苦しいし,歩きにくいしで,さっさと脱ぎたいというのが正直な気持ちである.
しかしこんなにも喜んでくれるのならば,わざわざ着たかいがあったというものだ.
「タケル,……私,恩返しを,」
自分を決して離そうとしない健の腕の中で,リルカは言った.
「分かってる,分かってる,はた織りだろ?」
健は嬉しそうに,リルカの編み上げられた髪を解く.
するとふわふわの薄桃色の髪が舞い,甘い匂いが鼻をくすぐる.

「俺,はた織りよりも違うものが欲しいな.」
「はい?」
すると健は耳元に唇を寄せてきた.
「な,何をするのよ!?」
瞬間,リルカのボディブローが炸裂する!
「……き,効いたぁ.」
健は身体をくの字に折り曲げて,リルカの体を離した.

「はたを織るからね!」
リルカはすたこらさっさと小屋に入り,奥の方の部屋の中へと入って行った…….


***お日様少年編***
トントン.
戸を叩く音に,少年は小屋の扉を開けた.
見ると,戸口には一人の少女が……,
「……マリ君.」
少年には見なれない異国の衣装に身を包んだ少女が居た.

「恩返しに来たの.」
穢れのない純白の衣には銀の刺繍が施されており,少女のやわらかな笑みはただ少年一人だけに向けられる.
「恩返し?」
少年はきょとんと,青の瞳を瞬かせた.

「マリ君,鶴を助けたでしょう?」
少し記憶をたどってから,少年はうなづいた.
「だからお礼をしに来たの.」
ぐいぐいとせまってくる少女に,少年はすぐにたじたじになる.
「な,なぜ,アスカが?」
「そうゆうお話だから.」
うるんだ瞳に見つめられて,少年は顔を真っ赤にした.

この前の赤ずきんのときといい,この少女の行動は少年には予測がつかない.
変に怖いというか,妙な期待で頭の中がいっぱいになるというか…….

「マリ君,物語の内容を知っている?」
ふと思いついたように,少女は少年に訊ねる.
「いや,知らない.」
少年が正直に答えると,少女は泣きそうな顔で微笑んだ.
「……なのに,気づいてくれたんだ.」
消されそうに微かな鶴の鳴き声に…….

「マリ君は優しいね.」
そっと頬に触れてくる少女の手の先に,少年の鼓動はどんどんと早くなる.
「……私にはもったいない.」
と,いきなり,少年は両頬をつねられた.
「ふぇ? 何が?」
すると少女は諦めたように微笑んで,少年の顔から手を離す.

あなたは私の太陽だけど,太陽は私のものじゃないから.
「なんでもない.」
さっと踵を返して,少女は奥の方の部屋の中へと入って行った…….


***堅物幼馴染編***
トントン.
美しく輝く金の髪の少女は,元気よく小屋の戸を叩いた.
すると,扉が開いて,
「カリン様……,」
呆れた顔の青年が顔を出す.

「コウリ,恩返しに来たわよ.」
少女が言うと,青年は速攻でドアを閉めた.
「無防備に男の部屋に来ないでください.」
「ちょ,ちょっと,待ちなさいよ!」
小屋の外に取り残されて,少女は慌てて叫んだ.

「何が男の部屋よ! いまさら何を言っているのよ!?」
少女はどんどんと戸を叩く.
だいたい鼻水垂らしていた子供の頃から一緒にいるのに,なにいまさら気取ったことを言っているのだ?
「昔は一緒のベッドで寝ていたのに!」
すると小屋の中から反論が返ってくる.
「あ,あれはあなたが私のベッドに来たんでしょう!? それに私はベッドをあなたに譲って床で寝ましたよ!」

「うっそだぁ! だって,私,コウリの寝顔を見た憶えあるもの!」
見えない幼馴染の青年に向かって,少女は美少女にはあるまじく,あかんべえをする.
「それを言うなら,私の方こそ,カリン様の寝顔をいっぱい見ましたよ!」
ふと青年は幼い頃のことを思い出し,一人で赤面してしまった.

言い争ってもなかなか開かないドアに,少女はぶすっとすねた顔になる.
「何よ,コウリの堅物…….」
少女は諦めて,回れ右をした.
「いいわよ,サイラのとこへ行くから.」
この少女は昔から,1歳年上の兄の方より,3歳年下の弟の方と仲が良いのだ.
それにサイラならば決して,少女を追い返したりはしない.
少女が足を踏み出した途端,扉ががばっと開く.
「え?」
振りかえった瞬間,少女は青年に腕をつかまれて部屋の中へと引きずり込まれた…….

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