「後藤さんって,デリカシーが無い.」
洗面所に立って,ひげを剃りだす男に向かって私は言った.
「それがレディーの前でする格好なの?」
よれよれの肌着に,下はトランクス一丁.
仮にも付き合って3ヶ月目の彼女に見せていい姿なのかしら?
今日はクリスマス・イブだというのに,恋人達の祭典だというのに…….
後藤さんは,私がアパートまでやって来てたたき起こすまでぐうぐうと惰眠をむさぼっていた.
後藤さんを追い出した布団の上にどかっと腰掛けて,私は恋人の横顔をねめつける.
「そうゆうお前さんには危機感が無いなぁ.」
ひげをそりそり,後藤さんはぼやいた.
「危機感が無いのは,後藤さんの方でしょ!」
私はばっと,後藤さんちの小さな台所を指差す.
「この台所,いつから片付けてないのよ!?」
「この前,誰かさんが壮絶にまずいシチューを作ったときからかな.」
「なんですってぇ!」
歯ブラシに歯磨き粉をつけながら,にやっと笑う男に,私は枕でも投げつけてやろうかと思った.
「あれは雑誌に載っていたとおりに作ったのよ,単なるシチューじゃないんだから!」
そのためにわざわざ値段の高い白ワインまで買ったというのに,この男は!
「……エプロン姿は可愛かった.」
口の中は泡をぶくぶく,後藤さんは至極真面目な顔だ.
「シチューは……?」
ノーコメント.
「シーフードサラダは……?」
さらにノーコメント,この男はお世辞ぐらい,言えないのか!?
「もう,大っ嫌い!」
枕を抱いて,私は男臭いにおいのする布団の上にねっころがった.
世間の恋人達は今ごろ,街を歩いたり,コンサートに行ったり,映画を観たりしているだろうに!
わ,私なんか,……ケーキもプレゼントも無いじゃない.
「何が悲しくて,布団の上でごろごろごろ,」
すると歯磨きを終えたらしい,後藤さんがやって来た.
「どうしてそんなにも危機感が無いんだ?」
押入れの中の収納ボックスから,おっさんくさい服を取り出す.
もう,この男ってばファッションセンスも無いんだから!
「ロマンチックが無いなんて,恋人として致命的だと思いませんか?」
私は思いっきり,にらみつけてやった.
「ロマン,ねぇ…….」
頭をぼりぼり,後藤さんはやっと服を着る.
布団の上でうつぶせになって,ほお杖をつきながら眺めていると,着替えを終えた後藤さんは,
「飯でも食いに行くか?」
私の前でしゃがみこんで,とびっきりの優しい笑顔になった.
「本当!?」
イブに二人でお食事!?
「どこに行く? 私,久しぶりにお酒も飲みたいな!」
私はがばっと起き上がった.
嬉しい,後藤さんがこんな恋人らしいことを提案してくれるなんて!
「酒? じゃぁ,焼き肉にするか.」
「……はい?」
一瞬,耳を疑った私には何の罪も無いと思う.
「すまんな,今は金が無い.」
ぬけぬけと答える.
「ご,後藤さんって……,」
こ,この無い無い尽くしの男が〜〜〜〜〜!
「デリカシーも無いし,ロマンチックも無いし,お金も無いし!」
すると後藤さんはおなかを抱えて笑い出す.
「何がおかしいのよ!」
「恋人として,何が無いのが一番致命的だと思う?」
ひぃひぃと笑いながら,後藤さんは訊ねる.
「何って……,」
恋人として,一番大切なもの……?
ま,まさか「愛している.」とか言ってくれちゃうわけ!?
期待して待っていると……,
「じゃ,行くか.」
奴は車のキーをとって,玄関の方へと向かう.
「ちょっと待ってよ,答えは!?」
愛情でしょ,愛情だよね!?
私は慌てて,ハンドバッグを持って追いかける.
「おごってやるから,カバンは置いておけよ.」
少し変な顔で,後藤さんは振り返る.
「ん? だってハンカチとかを入れているし.」
まさか手ぶらで食事に行くわけにはいかない.
「……そうか,そうだよな.」
後藤さんは,妙に納得する.
「失敗だったかな?」
私がカバンの中に隠された小さなプレゼントの包みに気づくのは,この瞬間からきっかり26秒後のことだった…….
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