リオノスの翼 ―少女とモフオンの物語―

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 瞳は教えてほしいと、シフォンたちに目を向ける。建国伝説が分からない。するとレートが口を開いた。
「今、生存するリオノスは、空を飛ぶこともできないが」
 太古の昔、リオノスは大きな翼で空を飛び、時空間を越えることもできたという。過去へ未来へ飛び回り、一瞬のうちに国をまたいで移動した。
 また、無数ある異世界へも行き来できた。リオノスがそういった能力を発揮するとき、翼は虹を映して輝き、先触れとしてモフオンが現れる。
「モフオンですか?」
 初めて聞く単語だ。瞳の質問に、王子はこころよく答える。
「リオノスが小さくなった幻獣さ。ただ実際に、モフオンの姿を目にした人はいない。よって空想上の生きものと考えられている。君はモフオンを見たかい?」
「いいえ、覚えていないです」
 大勢の人間に囲まれて暴行を受けていた瞳は、冷静に周囲を観察できなかった。モフオンが出現したとしても、見逃しただろう。
「それは惜しいことをした」
 レートは非常に残念そうだった。それから得意げに笑う。
「私は子どものころからモフオンが大好きで、モフオンにささげる愛の詩を四つほど作った」
「すばらしいです、殿下」
 瞳はとりあえず、ほめたたえる。彼は気をよくしたようだ。
「話は戻るが、私たち王家の人間は、異世界から来た男の子孫と伝えられている」
「へ?」
 瞳は無礼にも、まぬけな声を上げてしまった。だがレートは、気にせずに語り続ける。
「男、――勇者はリオノスの背中に乗って、このテルミア大陸に現れた。彼は誰よりも雄雄しく、緑色の瞳は正義の怒りに燃えていた」
 彼はある部族の王に見こまれて、その勢力を拡大させるために戦った。特に有名なのが、キクサ草原での騎馬戦だ。勇猛な一匹のリオノスにまたがり、――馬に乗っていたという説もある、彼は剣を振るった。
 そうして築かれたのが、リオニア国だ。国の名前は、勇者を連れてきたリオノスをもじっている。だから本来ならば、リオノスはとても大切な幻獣なのだ。
 瞳は口をあんぐり開けた。異世界から人が来るのは、瞳が初めてではないらしい。瞳は二人目、――もしかしたら王子たちが知らないだけで、三人目か四人目かもしれない。レートはくすくすと笑った。
「君は、現代の世に現れた初代国王。瞳の色こそちがうが、勇者の再来だ。こんなへんぴな田舎まで来てよかった。うわさを聞いたとき、もしやと思ったんだ。まさか本当に、異世界からリオノスに連れられてきたとは」
 彼はテーブルに身をのり出した。
「君は、建国伝説を体現する少女だ。私と一緒に城に戻って、父や兄と会ってくれ」
 想定外のせりふに、瞳は困った。レートの父と兄とは、国王と世つぎの王子だ。瞳はおろおろして、シフォンの方を見る。
「身に余る光栄ではございますが、瞳はまだリオノスの子どもです。親から離すことはできません」
 シフォンが、ていねいな態度で断った。
「ばかなことを言うな。リオノスの乳でも飲んでいるのか?」
 レートは笑った。シフォンは笑顔を保っている。しかし彼のあせりが、瞳には伝わった。シフォンは言う。
「そうではありません。けれど彼女は、リオノスと密なつながりを持っています」
 王子は気分を害したらしい。
「君たちにとっても、いい提案ではないのか? 瞳がいろいろな場所で『私は異世界から来た』と話せば、リオノスの地位は向上する。国民みんなが聖獣リオノスを思い出す」
 今の若者たちは建国伝説をないがしろにするからな、と吐き捨てる。
「勇者は異世界人ではなく部族の王の隠し子だの、部族一の武勇の者を王が引き立てただの、王家の血を軽んじるにもほどがある」
 シフォンは固い表情になり、しゃべれない。彼の隣では、タルトが困りきっている。
「君たちは誰の善意で、リオノスの保護という何の役にも立たない仕事をやっているのだ?」
 タルトが、場を取り直すように笑みを作った。
「もちろん国王陛下のおかげでございます」
「兄は王位をつげば、幻獣の保護にはいっさい予算をさきたくないと口にしている」
 王子の言葉に、シフォンたちの顔から血の気が引く。
「私が城へ行くだけでいいのですよね?」
 瞳はシフォンたちを助けようと思い、会話に割って入った。
「承知しました、殿下。私どもが責任を持って、瞳を城へ連れてまいります」
 シフォンが話す。レートの機嫌はますます悪くなった。
「わざわざそんなことをしなくていい。私は明日から城へ帰るから、その旅に瞳が加わればいい」
「ならば私とロールも同行させてください」
 シフォンは懇願する。ロールはうんうんとうなずいた。
「瞳は子どもですから、私たちがついていないと、とんでもない失敗をします。国王陛下や長男の王子殿下に、万が一の無礼があってはなりません」
 彼女は心配そうに言い募った。
「必要なのは瞳ひとりだ。君たちの旅の面倒まで見たくない」
 レートは切って捨てる。それからあきれたように、瞳に視線をよこした。
「君はいつも、こうやって守られているのか? 子どもというより赤子だな」
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