リオノスの翼 ―少女とモフオンの物語―

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  1−1  

 首都クースでの学術学会を終えて、シフォンは故郷の村へ帰ってきた。国の中心部であるクースでは科学者たちが、
「わが国でも汽車を走らせるのだ。近隣諸国に遅れを取ってはならぬ」
 と息巻いていた。
「隣国ウェトシーでは、空飛ぶ船を開発している」
「船が空を飛ぶのか?」
 彼ら自身が蒸気機関のように、顔を真っ赤にしてさけびあう。より大きな乗りもので、より遠くへ、より速く! 時代は、若者たちをせきたてるようだった。街中では、ガス灯は電灯に、手紙は電話に取って変わられようとしている。
 だが、そういったことに興味が持てないシフォンは、若者たちの間では浮いていた。たったひとりで、老人たちや古いものに囲まれている。
 朝日の中シフォンは馬に乗って、村の外れにある家へ帰った。約三か月の旅を終えたシフォンを、母と父と、ちかごろ少し耳の遠くなった祖父が迎える。シフォンは三人兄弟の末っ子だが、兄たちはそれぞれ所帯を持って、遠くの街へ出て行った。
 食卓に腰を落ちつけると、母が笑顔であたたかな手料理を振るまってくれる。シフォンはゆっくりと食事を取りながら、土産話を始めた。汽車や空飛ぶ船の話をすると、
「わしが子どものころは、リオノスの群れが空を飛んでいたのに」
 祖父はさびしそうに笑った。
「これが時代の流れだよ」
 父も似たような表情で言う。
「リオノスはいまや、保護区に百匹ばかり。リオノス以外の幻獣も減っているのだろう?」
 シフォンはうなずいた。国内外から人の集まった学会で、幻獣の研究者たちはため息ばかりだった。
 ドラゴンは最後の年老いた一匹が、そろそろながい眠りにつく。ユニコーンは保護区の山に数頭のみで、繁殖は期待できない。ガーゴイルは凶暴な害獣とまちがった認識をされて、一匹残らず銃で撃たれた。ほかにも、バジリスク、キマイラ、マーメイドなど。
 せめてリオノスだけでも残したいと思うのは、懐古趣味だろうか。シフォンは、今日より明日と発展する科学より、ほろびゆく太古からの生きものにひかれていた。食事を終えると、旅の荷物を片付けもせずに家から出る。
「長旅で疲れていないかい?」
 と母が心配した。が、こんなしずんだ気分のときは、保護区に住むリオノスたちに会いたい。再び馬に乗り、保護区の山を目指す。山は峰がふたつあり、ふたつともそこまで高くない。なだらかな斜面で、人は入りやすい。頂上まで登るのに、半日とかからない。
 ふもとには、保護区で働く人々の集落がある。馬から降りて集落に入ると、仲間の飼育員や木こりたちが集まってきた。
「若先生、首都から戻ってきたのですね」
「待っていました」
 彼らはシフォンを若先生と、父や祖父を先生と呼ぶ。シフォンの家は代々、リオノスの調査、研究をやっているのだ。しかし兄たちは家業をつがずに、シフォンが受けついだ。
「はい、さきほど戻りました。首都では、学会で知り合った高名な学者のご紹介で、国王陛下と謁見しました」
 シフォンは首都でのことを話す。
「さすが若先生!」
「陛下にじきじきに会えるなんて、一生の自慢ですね」
 ほめてくれる周囲に、シフォンは苦笑した。
「運がよかったのです。僕がひとりだけ若いから目立っただけで」
 幻獣の学会で、若者はシフォンしかいなかった。
「それで来年の予算は、今年と同じ額に戻りました」
 シフォンの言葉に、仲間たちは胸をなでおろす。来年からは予算がまったく降りないと言われていたのだ。
「若先生に首都まで行ってもらってよかった」
「シフォンさんやシフォンさんのお父さんがいなければ、リオノス保護区は、とっくに閉鎖されています」
「今は何でも、科学ですから」
 彼らはあきらめたようにしゃべる。シフォンは何も言えずに、馬の首をなでる。首都の若者たちも、リオノスを見てくれればいいのに。本当に美しい、そして優しくて賢い幻獣なのに。
 国王はシフォンの話を興味深く聞いたが、予算に関しては手厳しかった。いや、彼が予算を出したく思っても、周囲が許さないのだろう。時代の流れというべきか。
 幻獣の保護よりも、科学技術の発展に金と人を使う。それが今のリオニア国、――リオニア国をふくむテルミア大陸全体の時代の流れだった。すると誰かが、シフォンの腕を軽くたたく。獣医のガトーだ。
「シフォン。君のいない間に困ったことが起こった」
 彼は難しい顔をしている。ガトーは何十年もここに勤める、リオノスの専門医だ。
「これは私も初めてだが、リオノスが人間の子どもを拾ってきた」
「人間の子どもですか?」
 シフォンは驚く。
「実際に見た方が早い」
 ガトーの言葉に、ほかの仲間たちは首を縦に振る。
「そのリオノス、――サラのいる場所を教えるから、見に行ってくれ」
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