リオノスの翼 ―少女とモフオンの物語―

戻る | 続き | 目次

  1−2  

リオノスは,太古の昔から存在する幻獣の一種だ.
建国伝説に登場するため,聖獣とも呼ばれる.
姿はライオンに似ている.
だがリオノスには,オスにもメスにも立派なたてがみがある.
金色の毛に覆われた姿は,朝焼けの中で見ると神々しいとさえ感じられる.
目の色はさまざまで,――青が多いのだが,緑,黒,黄,赤などがある.
草食性で,気性は穏やかだ.
人にもよく慣れる.
なので保護区には,柵を設けていない.
たまにリオノスは村に出て人々を驚かせたり,逆に村の子どもたちが保護区に忍びこんだりする.
けれど村の大人たちの多くは,リオノスは山に閉じこめてほしいと主張する.
それは,リオノスが巨体だからだ.
口を開ければ,――実際にはそんなことはしないが,人間の子どもぐらい丸のみできる.
さらにリオノスの背には,白鳥のように美しい一対の翼がある.
翼は大きく全長の約二倍あるが,数十年前まではもっと大きかった.
全長の何十倍もある翼で空を飛んだと言うが,シフォンは見たことはない.
祖父や老人たちの昔話で聞く程度だ.
今では,翼のない子どもも生まれてくる.
――ちなみに,リオノスは胎生である.
翼は退化して,このまま消えていくだろう,というのがシフォンたち研究者の見解だった.

シフォンがガトーたちに教えられた場所へ行くと,問題の親子は気持ちよく昼寝をしていた.
そばには小川が流れ,風が草花を揺らしている.
日は高いが大樹が影を作って,親子はそこで寄り添っている.
リオノスの母親と,二匹のリオノスの子どもと,一人の人間の子どもだ.
寝そべる母親に,人間の子どもはリオノスの子どもとともに身を預けている.
子どもは,十五才ほどの少女に見えた.
話に聞いたとおり,黒髪の長さはばらばらで,服からのぞく手足には手当てのあとがある.
幼い顔にも傷が残って,痛々しい.
だがシフォンを安心させたことに,顔の血色はいい.
満足と言えないまでも,食事は取れているのだろう.
シフォンは足音を忍ばせて,すやすやと眠る親子に近づいた.
リオノスの母親,――サラが目を覚ます.
幻想的な青の瞳で,こちらを見つめた.
「こんにちは,サラ.」
姿勢を低くして話しかける.
「その子どもは,どこで拾ってきたのかい?」
リオノスは,面倒見のいい幻獣だ.
自分の子どもでなくても,さらに同じ種族でなくても,親のいない子どもを拾い育てる.
過去には,羊,馬,牛などを育てた例がある.
しかし,人間の子どもは初めてだろう.
文献にも,そのような例はのっていない.
しかも,子どもの素性が分からない.
村でたずねても,誰も彼女のことが分からなかった.
見た目から外国人に思えるが,言葉は通じるらしい.
シフォンの問いかけに,サラは答えない.
推し量るように,じっと見つめている.
すると,サラの子どもたちが体をおこした.
人間の少女は驚いて目をみはり,リオノスの子どもたちはわくわくとしっぽを振る.
「やぁ.」
シフォンは笑った.
とたんに,リオノスの子どもたちが駆け出してくる.
大きさは大型犬程度.
前足で,どーんとシフォンを押し倒す.
足の裏には肉球があり,紫がかった黒色でぷにぷにしている.
子どもたちはシフォンの上にのって,顔をべろべろとなめる.
リオノスの子どもたちにとって,シフォンはかっこうのおもちゃだった.
保護区で働く人々の中で一番若いために,もっともなめられている.
実際に物理的にも,ざらざらした舌でなめられているのだが.
顔も眼鏡もなめられて,ときには髪も食べられる.
しばらくおとなしくなめられた後で,シフォンは起き上がった.
眼鏡を外して髪を整えてから,人間の少女に話しかける.
「初めまして,お嬢さん.」
少女は不安げに,サラを見る.
サラは少女に顔を向けて,片方の翼でシフォンの方へ押し出した.
けれど少女は離れずに,べったりとサラに張りつく.
まさに子どもだな,と思った.
シフォンの想像以上に,少女はサラになつき依存している.
まとわりつくリオノスの子どもたちの背中をなでながら,シフォンは自己紹介をした.
「僕はシフォン.リオノスの研究をやっているんだ.」
君の名前を教えてくれないか? とお願いする.
少女はだんまりだ.
告白したら,自身に危険なことが起こると考えている顔だった.
強く質問すれば,泣くか逃げるかするだろう.
シフォンは,できるだけ優しい笑顔を作った.
「ふもとの集落で,君のけがを治療してくれたお医者さんたちを覚えているかい?」
少女は迷った末に,うなずく.
「彼らは君を心配している.けがの具合はどうか,食べものはあるのか,どこで寝ているのか.」
シフォンは,ゆっくりと手を差し出した.
人間に傷つけられた動物と接するときのように.
「集落に戻らないか? 戻るのが嫌ならば,ここまでお医者さんたちに来てもらってもいい.」
妥協案を示す.
「もしくは集落に戻っても,けがの治療を受けたらすぐに帰っていいよ.」
少女は再び,サラに視線で問うた.
するとサラは立ち上がる.
のそのそと,ふもとへ降りていった.
それを少女と,二匹の子どもたちが追いかける.
どうやらサラが,集落へ連れて行ってくれるようだ.
戻る | 続き | 目次
Copyright (c) 2011 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-