眼鏡をはずすとき


「ださいわ.」
「……え?」
うさぎさん模様のご飯茶碗を持ったお姉ちゃんが言った.
「この人が?」
私は,テレビ画面に映っているお笑いタレントさんを指差す.
「違う! 確かにこいつもださいけど,あんたの初カレがださいの!」
ちなみに私のご飯茶碗は猫さん模様,……あれ? 私の初カレって,……先輩のこと?
「……お姉ちゃん,ケチャップ取って.」
今日の夕食はハンバーグ,なのにケチャップはテーブルの端に置いてある.

「初カレって,……みっちゃんに彼氏が出来たの!?」
妹の友子が身を乗り出してくる.
ちなみに友子のご飯茶碗はわんこさん.
「礼儀正しい子だったわよ.」
結局,ケチャップを取ってくれたのはお母さん.
「高校生になってやっと,美智子に彼氏ができたのに,」
お姉ちゃんはなぜか,ふりかけを手渡してくれる.
……聞き間違い?
「なんであんなにもダサい男を連れてくるのよ!」
仕方ないから,私はご飯にふりかけをかけた.

「お母さんたち,みっちゃんの彼氏に会ったの!?」
友子は興味津々.
そして手振りで私に,ふりかけをちょうだいとお願いする.
「そうよぉ,美智子ったら,彼氏さんに家まで送ってもらったのよ.」
お母さんはうれしそうに,ほほほと笑った.
「二人で相合傘なんてしちゃって,お母さん,照れちゃったわぁ.」
ぶっと,私は味噌汁を噴きだした.
「見てたの!? お母さん!」
「美智子,汚い.」
ティッシュ箱とともに,お姉ちゃんの呆れた顔.
「みっちゃん,ふりかけを勝手にもらうよ.」
友子はふりかけの方が大事みたい.

迂闊だった.
傘を忘れた私に対して,家まで送るよと言ってくれた先輩.
すぐに帰ってもらえばよかったのに,ついつい家の前でおしゃべりをしていたら……,
「あんたの高校,私服OKでしょう?」
汚れた眼鏡を拭いていると,お姉ちゃんがいきなり話題転換をした.
「うん,そうだよ.」
「な・の・に! あんな学ランをきっちりと着込んでいるなんて,有り得ない!」
あ,有り得ない…….
私服OKでも,うちの学校,皆あまり私服で来ないのに.
「お姉ちゃん,」
ちゃっと眼鏡をかけ直して,お姉ちゃんに反論しようとしたとき,
「そうだ!」
お姉ちゃんの目が,きらりと光る.
「美智子,眼鏡を辞めてコンタクトにしなさい!」
お姉ちゃんはカラーコンタクト,目がブルー.

「なんで?」
どうしていきなり眼鏡の話になるの?
「あんたがださいから,あんな低レベルな彼氏ができるのよ.」
低レベル……,確かに先輩はおしゃれじゃないかもしれないけど,それに先輩も眼鏡だけど……,
でも!
いくらお姉ちゃんでも,これは言いすぎ!
「おね,」
「さっちゃん,KAT-TUNの亀梨君が出てるよ.」
「え,ほんと!?」
あっという間に,お姉ちゃんの視線はテレビ画面のアイドルにくぎづけ…….
「お姉……,」
「シッ,黙って! 今から歌うんだから!」
お姉ちゃんはなぜか正座して,アイドルの歌を拝聴する.

あぁ,このアイドルの人たち.
きっと皆,コンタクトレンズなんだろうなぁ.


***


「……というわけで,一緒にコンタクトにしてみませんか? 先輩.」
放課後の音楽室で,私は先輩に提案してみた.
ぽろろろろん,とピアノの鍵盤を鳴らして,先輩は首を傾げる.
「コンタクトにした方が,ださいって言われそうだなぁ.」
先輩はおっとりとしゃべる.
「うちの姉を見返してやってください.」
私は怒っているのに,先輩はくすくすと楽しそうに笑う.
眼鏡をはずせば,結構ハンサムさんだと思うんだけど…….
すると,ぽろぽろぽろろんと先輩の指が歌いだした.
「コンタクトにして,髪の毛染めて,」
まるで弾き語りのよう節をつけて,先輩の低い声が流れる.
「楽器店には行かず,楽譜は買いあさらず,」
耳に心地よい先輩の声,歌い手さんで無いのがもったいないくらい.
「そんな俺が,美智子は好きかい?」
いきなり眼鏡の奥の瞳に射すくめられて,どきりと心臓が跳ねた.

「先輩……,」
涼しい顔をして,先輩はメロディーを紡ぐ.
「……昨日,同じテレビを見ていましたね?」
お姉ちゃんが拝聴していたアイドルの曲だ.
「偶然にね.」
フィナーレまで弾いて,先輩はにっこりと微笑む.
「次は眼鏡をはずして,なおかつ目隠しまでして演奏しようか?」
「眼鏡をはずす意味が違います!」
ぷうと膨れると,今度は先輩の手がアップテンポの曲を叩き出す.
まるで運動会のかけっこか,クイズ番組のシンキングタイム.
「答えは? 美智子.」
答えなんて決まっている.
「眼鏡,かけたままでいてください.」
二つ目の質問にかけて,今のあなたが好きですとピアノの旋律に乗せた.



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