手のひらから魔法,指先には奇跡.
恋人の背中を追いかける.
「先生,イッチー先生!」
廊下を走って追いかけると,なぜかイッチーの足はますます速くなる.
「待ってってば! こんなにも必死に追いかけているのに,何で止まってくれないの!?」
両想いなのに,なんで逃げるの?
「イッカ!」
するといきなり後ろから,首根っこを掴まれた.
「あ,唯ちゃん! おはよー!」
あれ? 唯ちゃん,顔が怒っている.
「イッカ,馬鹿!」
が〜〜〜ん,馬鹿に馬鹿って言うなんて,ひどいよぉ.
「昨日,イッチー先生と高野先生にあれだけ怒られたのに,何をやっているのよ!」
怒られた……?
あ,そうだった!
学校では生徒と先生の振りをするんだった!
昨日のリプレイ.
イッチー先生「内緒だと,秘密だと,何度も言っただろ!?」
高野先生「まぁまぁ,一村先生,落ち着いて.素直でいい子じゃないですか.」
唯ちゃん「あんた,馬鹿.一応,禁断の恋なんだよ.」
「えぇっとぉ〜〜〜〜〜,」
たりたりたりと汗が流れる.
「ほらっ,教室へ行くよ!」
ずるずるずると引きずられてゆく,遠くなるイッチーの背中.
え〜〜〜ん,おはようの挨拶がしたいよぉ…….
手のひらから魔法,もちろんタネはこの手の中にある.
遠ざかる恋人を,ちらりと眺めやる.
……ったく,何をやっているのだ,壱架は.
昨日の夜の電話でも,あれだけ秘密の恋だと念を押したのに.
幸いにして高野先生は,誰にも言わないでおくとおっしゃってくださったが……,いや,もしかしたら,皆,見て見ぬ振りをしてくれているのかもしれない.
いいのか,これで……?
俺は脱力しそうになる背中に叱咤を入れて,一時間目の教室へ向かった.
秘密の恋,なんて艶っぽいものじゃない.
明日の休日は,内緒のデートとやらを敢行する予定である.
ただ,ひとつ不安があるんだ,壱架.
まさか外でも「イッチー先生!」なんて大声で呼ぶつもりじゃないだろうな…….
秘密の恋,けれど不幸にはさせない.
それが,俺たちの恋愛ってものだろう?