手のひらから魔法06


秘密の恋,なんて艶っぽいものじゃない.

私の少ない脳みそは,もういっぱいいっぱいで.
数学の授業の無い今日に,なぜかほっとする.

「イッカぁ,イッカちゃ〜ん?」
唯ちゃんの手がひらひらと目の前を舞う.
けれど,世界は薄いベールに包まれている.
「駄目だ,この子,完璧に呆けているよ.」
俺はそれでも,壱架と付き合いたいと思っている.
「あー,イッチー先生に軽くあしらわれちゃったものね.」
これは,秘密の恋だ.

「……つうかさ,イッカが言っていたイッチーの告白って,」
「由紀!」
あなたを異性として意識しはじめています.
「イッカが嘘つくわけないじゃない! イッチーの奴,イッカをからかったんだよ!」
藤原壱架,教師と生徒が両想いとはどんな状態か,分かるか?
「さいってー……,あいつ,教師のくせに,」
「違う!」
気づくより前に,私は叫んでいた.

ぱちぱちと不思議そうに瞬きをする唯ちゃんと由紀ちゃん.
誰にも内緒だ…….

ごくり,と自分がつばを飲み下す音が聞こえた.

秘密の恋,なんていかにも不幸になりそうなものじゃない.

放課後の訪問は,ある程度は予想していた.

精一杯にらみつける,少女の眼差し.
笠原唯,壱架とは小学校からの友人らしい.
「教えてください,一村先生.」
数学準備室に,笠原唯は教科書とノートを持ってやってきた.
けれど聞きたいのは,授業のことではない.

「大人気ですね,一村先生.」
はす向かいの席の高野先生が微笑みかける.
再来年,定年退職になる穏やかな先輩である.
「確かに一村先生は,大人気ですね.」
皮肉な言い回し,頭のいい子だ.
「そんなことはないよ,俺の一方通行だ.」
かちんと笠原唯の顔が険しくなる.

「教えて欲しい問題は?」
笠原唯は,教科書とノートを開く.
「このページの,……どうしても解けなくて,」
”イッカのこと,迷惑なら,ちゃんとそう言ってくれませんか?”
筆談か,……授業中のようだな.
「この手の問題は,無理に公式に当てはめようとしても解けないんだ.」
”確かに,パパ扱いは迷惑だな,”
「授業中と言っていることが違います.」

「教師だって間違えるさ.」
”好きな娘からパパ扱いされるのは,男としてかなりつらいぞ.”
「え?」
信じられないものを見たかのように,笠原唯の目が大きくなる.
「難しい公式なんて要らない.」
そんなもの,実はなんてことは無いんだ.
「答えは至極簡単なものなんだ.」

「嘘…….」
微妙に,笠原唯は引き気味だ.
まぁ,われながらロリコンのようだと思う.
「藤原壱架には,昨日,教えた.」
”壱架には,電話で言った.”
「あまり理解していないようだったが……,」
「あ,あの子は,……頭,悪いから,」
確かに,壱架は賢くはないな.
思わず,笑みがこぼれてしまう.

けれど,どうして.
愛しいと感じる…….

「てゆうか,イッチーってさ,」
引いたままの状態で,笠原唯は訊ねる.
「何歳なの?」
当然の質問だ,壱架から聞かれたことは無いが.
「((2453-2387)/3)+2 歳だ.」
「分かりません!」
速攻で計算を断念する笠原唯.
仕方ない,安心させてやろう.
「一応,10も離れていな,」
「イッチー先生!」
瞬間,ばんっとドアが開く音.

振り返る俺と笠原唯.
「好きです,大好きです! あ,愛しています!」
ドアに立つのは藤原壱架.
「私をお嫁さんにしてくださいぃっ!」
廊下から準備室に向かって,大絶叫.

壱架…….
お前,昨夜の話をまったく理解していなかったのだな…….

秘密の恋,なんて甘美なものじゃない.

渾身の告白.
そして,私の視界に映るもの.

イッチー→口が引きつっている.
唯ちゃん→口がぽかーん.
高野先生→目が点,点,点…….

あれ?
私,何か間違えちゃった……?

<< 戻る | ホーム | 続き >>


Copyright (C) 2003-2005 SilentMoon All rights reserved. 無断転載・二次利用を禁じます.