手のひらから魔法05


初めの一歩は単純に.
ただ,飛んでみるだけ.

「藤原壱架,教師と生徒が両想いとはどんな状態か,分かるか?」
いたずらっ子のような顔のイッチー先生.
こんな顔もするの? どれだけ隠しているの?
「それは,期末テストで80点以上取ることだ.」
へ?
「え?」
テスト……?

「あ,あ,あ,え? あ?」
だ,だ,だって,イセーは?
イセーとしてイシキしてるって…….
「藤原にならできる,……ただ基礎をちゃんとやり直した方がいいな.」
頭をぐりぐりと撫でられる.
「これは特別貸与だ,誰にも見せるなよ.」
手渡された本は『基礎から毎日 中学数学』,明るい顔のマスコットキャラたちが笑っている.

ぐらり,と揺れたような気がした.
私,……何が欲しかったのだっけ?

呆然としていると,いつの間にか唯ちゃんと由紀ちゃんが側に居た.
「イッカぁ…….」
心配させている……,どうしよう,なのに笑えない.

初めの一歩は単純に.
ただ,優しく彼女の手を引いて.

午前二時.
携帯電話の着信が鳴る.

やっと彼女は,参考書に挟まったメモに気づいたらしい.

「せんせぇ……,」
電話越しの涙声が,俺を闇に突き落とす.
「藤原壱架,」
後戻りの出来ない道へ,自ら望んではまり込んでゆく.
「これは,秘密の恋だ.」
一番重い,初めの一歩を踏み出してしまった.

「誰にも内緒だ,一緒に外を出歩くこともできない.」
ベッドサイドの灯りもつけずに,俺は告げた.
「俺はそれでも,壱架と付き合いたいと思っている.」
すんなりと口から出てきた彼女の名前.
「壱架は,どう思っている?」
夜を見つめて,答えを待つ.

「わから,ないです.」
そう,壱架はまだ16歳だ.
恋愛の現実など知らない.
「返事は,卒業まででいい.」
まだ,知らなくていい.
「急がないから,あせらずに考えなさい.」

あせらない.
あせらないで,待つ.
壱架の刻が動き出すのを.

初めの一歩,差し出された手.
らしくない,私は躊躇してしまった.

初めて聞くイッチーの電話の声は,知らない男の人のようだった.
言葉が詰まる,でもこの糸を切りたくないよ.
「じゃ,お休み.明日,寝坊するなよ……,」
「あ,」
電話が終わっちゃう.
何か,何か話さなくちゃ……,
「……電話は,学校が終われば,いつかけてきてもいい.」
参考書の中に挟まっていた,先生のアドレス.
「メールも,だ.返事は遅くなるが,待っていてくれ.」

一村圭……,丁寧な文字で書かれた先生の名前.
「学校では,生徒としてしか接しないから,……信じるなよ.」
信じる?
私は,イッチーのことを何だと思っていたんだろう.
そして,今.

壱架は,どう思っている?

瞬間,顔から火が吹いた…….

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