手のひらから魔法03


手品のタネを唐突に見せられた気分だ.
解けない魔術の答えを,隣の席の奴が先に解いてしまった.

「だから,さ,……イッチー先生,」
目の前には,笠原唯と当麻由紀.
「少しの間だけ我慢してやってよ,……イッカはさびしいんだよ.」
友人想いな二人だ,本当に.
本当に,な…….

中庭に呼び出されて告げられた真実は,言わばありふれた現実.
藤原壱架は,両親を幼い頃に亡くした.
今は親戚の家に厄介になっているが,いつも家族の愛情に飢えている.
よくあることだ,本当に.

身近な成人男性である俺に,親の愛情を求めるのも仕方ない.
中間テストの点数を褒めると,藤原壱架は親に褒められた子供のように喜んだ.
「藤原は一生懸命だから,パパ代わりってのは,」
どうしたんだ? 俺?
ほら,笑えよ.
「……むしろ,嬉しいな.……今だって,妹みたいな存在だし.」
ほっと顔を緩める,笠原唯と当麻由紀.
「ありがと,イッチーっていい先生だね.」
これは嬉しい褒め言葉,のはずだ.

手品のタネは,きっと心の魔法.
ここからどきどきが始まっている.

数学のノートにびっしりと書き込まれたイッチー先生の字をそぉっとなぞる.
どきどきする,もぉ,好きすぎてやばい.
これを書いてくれたときの先生の横顔,強敵と書いて友と呼ぶ中間ボスと戦う勇者のようだったわ……(と私だけが思ったらしい).

お昼休みに一人で,にへらにへらしていると,どこかに行っていた唯ちゃんと由紀ちゃんが教室に戻ってきた.
「イッカ,その顔,気色悪い.」
「えぇ!? 夢見る乙女顔じゃなかった!?」
イッチー先生のことを想っていたのにぃ!
「普通は引くねー,いくらイッカが天然系とはいえ,」
がぁ〜ん,いいもん,いとしのイッチー先生に見られなかったんだから.

「はやく5時間目,始まらないかなぁ〜.」
だって5時間目は数学! す・う・が・く,だもん!
あぁ,早くイッチー先生に逢いたい!
座っているなんて,じっとしているなんてできようか!? いや,できるはずなどない!←これ,反語.
「私,先生を準備室まで迎えに行って来るね〜!」
「え!? 待ちなよ,イッカ!」
教室の後ろのドアまで走っていた私は,急ブレーキをかけた.
「どしたの? 唯ちゃん.」
唯ちゃんは,なんだか複雑な顔.
何? すごく不安になるよ,唯ちゃんのその顔は.
「ごめん,何でもない.」
唯ちゃんは首を振る.

違う,何でもないことなんてない.
私,馬鹿だけど,唯ちゃんが何か無理をしていることだけは分かるよ.

「唯ちゃん,私にできることは?」
唯ちゃんと由紀ちゃんのところへ駆け戻る.
「私,馬鹿だからできること少ないけど,唯ちゃんのためなら何でもするよ.」
すると唯ちゃんは,すごく優しい顔で笑った.
「放課後,言う.今は,……イッチー先生のとこに行きなよ,待っている,からさ.」
納得できない,けど私は頷く.
今は,私にできることは無い.
でも,放課後にあるのならば…….

「イッチー先生……,」
数学準備室の中は,真っ暗だった.
無人……,先生とどこかですれ違ったかも.
しょんぼりとして,引き返そうとすると,
「藤原壱架,」
どきっとして振り返る,途端に部屋の電気がつく.
「先,生……,」
驚くほど,ドアの側に先生は立っていた.
右手が部屋の明かりのスイッチに添えられている.

「藤原は今,何歳だ?」
え? 年齢?
……ということは,
「16です! いつでもプロポーズ可能ですよ!」
イッチー先生は苦笑.
けれどその苦笑いは大人っぽくて,どこか遠くに感じるよ.
「そうか,やはりそんなぐらい離れているか…….」
「先生,いまどき歳の差なんて,」
人差し指をぐっと唇に押し当てられる,私は何も言えなくなって,先生の顔を見上げた.

そっと唇から離れる,先生の指.
心臓が鳴り出す,止まらない.
「藤原壱架さん.」
「は,はい!?」
すっきりしたような,すごくさわやかな先生の笑顔.
壊れそう,心臓がどきどき,どきどき,体の内側から叩く.
「申し訳ございません,僕にはあなたのお父さん役は無理です.」
へ? パパ? 何の話?
「あなたを異性として意識しはじめています.」
え,え,えええええ!?
私の馬鹿な脳みそでは,意味がよく……,

真っ赤になって立ち尽くす私を置いて,先生は部屋から出てゆく.
「せ,先生,」
呼び止めると,とろけるような笑みを見せて,……駄目,私,倒れそう.
「教えてください,よくわかんなかった.」
テスト勉強のときのように,私の目の前で絡まった謎を解いてほしい.
「自分で考えなさい.」
扉を閉めて,先生は先生からよく分からない男の人になった.

……手品のタネの中身,それを俺は自分で選ぶと決めた.

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