手のひらから魔法02


愛の力に不可能は無い,とか思っているわけじゃない.
ちなみにパワー オブ ラブである,賢明な読者諸君は間違えないように.

「えぇ〜,イッチー,これはぁ?」
真っ白な教科書に,藤原壱架がいかに勉強をしていないかが伺い知れる.
「隣の笠原(かさはら)に聞け,」
藤原壱架は,友人の笠原 唯,当麻 由紀(とうま ゆき)とともに数学準備室にやってきた.
一人でやってくると思っていた俺は,微妙に拍子抜けした.
「イッチー先生が見てあげなよ,イッカはそのためにがんばっているんだから.」
いや,甘かった.
「そうそう,イッカはすっごく健気なんだから!」
こいつらは藤原壱架×3だ,下手すれば藤原壱架の3乗に違いない.

俺は苦虫を10の2乗ほど噛み潰した.
「藤原,見せてみろ……,」
光り輝く藤原壱架の顔,おそらく1.0 kW(キロワット)だ.
「先生っ,優しい! こんなに優しくしてくれるなんて,惚れた? 惚れた? やっぱり私に惚れちゃった!?」
そしてその思考のぶっ飛び方は,指数関数的な増大を遂げる.
「せめて2次関数が解けたらな…….」
自然,俺のため息も深くなる.

「先生,私,自慢じゃないけど料理得意だよ!」
どうしてこんな簡単な問題が解けないんだ?
藤原壱架のノートを覗くと……,
「煮物も得意だしぃ,酢の物だって作れちゃう!」
書いて,いや,描いてあるのは耳にりぼんをつけた猫と,口が×マークのウサギである.
「藤原壱架,授業はちゃんと聞いているのか?」
教師の威厳をオプション装備して,じろりとにらみつける.
「もっちろん! いっつもイッチー先生に熱い視線を送っているじゃない!」
確かに,視線だけは熱いな…….

愛の力に不可能は無い! もちろん,これ,常識ね.
私なんかより,ずぅぅぅぅっと頭のいい読者のみんなだって,そう思うよね!

すらすらと難問(だと私だけが思っている)を解いてゆく,先生の大きな手.
す,て,きぃ〜.
大人って感じぃ〜.
イッチー先生に見とれていると,隣の隣に座っていた由紀ちゃんが後ろから抱き付いてきた.
「へぇ〜,イッチーってイッカには優しいじゃん.」
囁き声にどきっとする.
「ほ,ほんと?」
どくどくと鳴る,恋の息吹.
「案外,脈あり?」
隣の唯ちゃんも,にやにや顔だ.

「イッカの天然玉砕っぷりがいいのかも?」
「玉砕!?」
なんですと!? それじゃぁ失恋してるよ,由紀ちゃん.
「むしろ,同情?」
えぇ〜〜〜,同情イコールノット愛情だよぉ,……あ,今,私,数学ちっくな賢いこと言ったかも!
いやぁん,イッチーへの愛の成せる技ね!

「おい,お前ら……,」
にらみつけるイッチーの顔は,少しだけ赤い.
やだっ,かわいいかも!
「噂話は人の居ないところでやれ.」

けど,イッチーはほとんど毎日,私のテスト勉強に付き合ってくれた.
真面目なことを言っちゃうけど,私,イッチーのことが好きで,すっごく良かったかも.

愛の力に不可能は無い,などと考えてはいけない.
そう,そのような都合の良いものは存在しない.

俺は藤原壱架の中間テストの結果を見た.
数学は,62点である.

賢明な読者諸君,君たちには分かっていただけるだろうか.
これは愛の力ではなく,俺の忍耐力の成果である…….

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