番外編(告白)


私の名前は水鳥.一応花も恥らいまくる17歳.
初めてガロードに会って,この世界に連れて来られたのが14歳のとき.

私の人生で初めて恋人を呼べるような存在ができたのは,ついこの間.
その恋人は,平たく言えば私をこの世界へと連れてきた張本人だった…….

「ミドリちゃん,重いだろう.持とうか?」
洗濯籠にいっぱい服やらタオルやらを入れて運んでいた私に声をかけたのは,背の高いなかなかハンサムな男性だ.
「重いわけないですよ,トレッタさん.」
どうあがいたらこの布切れの集団が,私が持てないほどに重くなるというのだ.
正直,なんかなれなれしくて好きになれないタイプの人である.

「でもミドリちゃんはこの商隊のお客様だろう.商隊の雑用なんか手伝わなくていいよ.」
そうゆうあんたはこの商隊に雇われている働き手でしょ.
油売ってないで,さっさと自分の仕事をしたら?
「ありがとうございます.でもサライに着くまで手持ち無沙汰なので…….」

すると,強引に肩を抱いてくる.
げっ,やめてよ,気持ち悪い.
「君は本当にいい子だね.僕はそんな君が…….」
「そんなに,私の瞳の色と髪の色が珍しいのですか?」
私はトレッタさんの,あまり好印象を抱けない瞳を覗きこんだ.
彼はたじたじだ…….
どうやら図星らしい.

まぁ,いいけどね.
私,別に美人でもかわいいタイプでもないし.
でももの珍しさで男性に言い寄られるなんて,正直あまりありがたくない.
私は動物園のバンダじゃないわよ!

トレッタさんを置き去りにして,私は川の方へ向かった.
電気どころか蒸気機関さえないこの世界では,洗濯はもちろん手でやるのだ.
川では,幾人かの女性がすでに洗濯を始めている.

すると馬車の幌の中からにょっと手が伸びてきて,いきなり私の腕を掴んだ.
そうして強引に私を幌の中へと引きずり込む.
こんなことをする人は一人しか居ない.

案の上,紺色の髪の少年が私を捕まえていた.
「何よ,ガロード.」
すると無言で肩を抱いて,軽く触れるキスをしてくる.
私の心臓が信じられないくらいのスピードで鳴りはじめる.
「ミドリ…….」
ぎゅっと私の身体を抱きしめて,ガロードは囁いた.

駄目だ,とてもじゃないけど平静さを保てない.
昔の少女漫画のヒロインじゃあるまいし,いつもどきどきしている自分がなんだかかっこ悪い.
「ガロード,あのね……,」
せめてこれらを川の方へ届けてから…….
「ミドリ,今の男は?」
「トレッタさん?」

するとガロードは視線を私の目の高さまで下げて,真剣な眼をして聞いてくる.
「何を話していたの?」
「何って?」
ガロードの紫色をした瞳が不安そうに揺れている.
私の肩を掴む手が痛いくらいに強い.

そっか,焼きもちか.
私はぷっと吹き出した.
途端にガロードは情けない顔になる.
「大丈夫だよ,ガロード.心配しないで.」
でも,なんだかうれしい.
「でももし手袋でも投げつけられたら,ちゃんと決闘に応じてね.そうしたら大声でガロードのこと応援してあげる.」
ガロードはきょとんとした顔をした.

こうゆう表情をすると,すごくかわいい.
「ガロード,護衛のお手伝いはいいの?」
私は意地悪く聞いた.
ガロードは,しまった! とでもいいそうな顔をして慌てる.
「じゃ,ミドリ.また夜に.」
「うん,がんばってね!」
そうして走り去る少年に,私は手を振った.

なんかなし崩し的にこんなことばかりをやっているが,正直ガロードから私は告白されたことがない.
川に向かいながら,赤い顔をなんとか鎮めつつ私は歩いた.

でもよく考えたら,私もガロードに何も言ってない.
……というか,私からキスをしたことがない.
あれは未遂だったし,私,私こそ,告白すべきなんじゃ…….

ぐるぐると考え込んでいると,いきなり上から話し掛けられた.
「ミドリ,何下を向いているんだ?」
「将,……ラオ!」
赤い髪をした逞しい男性,それがラオ将軍だ.
ガロードのことをすごくよく思ってくれている…….

「殿下を,とと,ガロードを知らないか?」
「ガロードなら,ついさっき護衛係の人たちのところへ行ったわよ.」
ラオの顔には,「第一王子ともあろうお方が…….」と書いてある.
私は苦笑して聞いた.

「ガロードってそんなにも,身分の割に気安いの?」
するとラオも笑って答える.
「そっか,ミドリは異世界の人だから分からないのだな.正直に言うと,殿下のあのご性格は奇跡だぞ.」
「ふ〜ん,それってお母さんの影響かな?」
私はつぶやいた,何も考えずに.

するとラオはびくりと顔をこわばらせた.
「な,何?」
「い,いや,アシュラン姫の名はこの国では禁忌なので…….」
アシュラン姫というのは,ガロードのお母さんのこと.
初陣の後,私と同じ世界の住民だとガロードに教えてもらった.
「なぜ?」
私は問い返した.

それってガロードが城で闇の御子とかと呼ばれているのに関係しているの?
「いえ,私は詳しくは知りません…….」
そうしてそそくさと,ラオは立ち去ろうとする.
「私は,で……ガロードのところへ行くから.」

夜は同じテントでガロードと夕食を食べる.
ラオはなんか気を使ってくれているのか,二人きりにしてくれている.
正直その気遣いがめちゃくちゃ恥ずかしいけど,実はうれしかったりもする.

ガロードは王子だ.
いろいろなものを背負っている.
魔族討伐の軍の中では,兵士たちにすごく慕われていた.
しかし今,彼らは散り散りになり王から逃げているという.
いつか,ガロードが王位につくのを信じて…….

でも,私の前でだけは単なる少年で居て欲しい.
まだまだ身長の伸びつづける体,幼さと男くささの同居する整った顔だち.
繊細な顔をしている割には,それを裏切るように少年はぱくぱくとよく食べる.
ふとこちらに気付いて,その顔を向ける.

私はぼんやりと膝を抱えながら言った.
「ガロード,それ最後の一個でしょ.」
「え?」
つい今しがたガロードが口に入れてしまったのは,一口サイズの甘い菓子パンのような食べ物だ.
「私だって好物なのに,よくも最後の一個をなんの断りもなく食べてくれたわね.」
妹のいる私はそうゆうところには厳しいのだ.
しょせん,ガロードは一人っ子よね.

「ごめん,ミドリ.」
そんなマジになって謝らなくても…….
するといきなりガロードの顔が近づいてくる.
心臓がまた早鐘のように鳴り出す.
肩を抱かれ,私はなされるがままに口付けを受けた.

甘い…….

「ガロード…….」
重ねられて,離された唇で私は言った.
声が震える.
「私ね,あの,私ね…….」
こうゆうときにこそ,言わないと!
好きですとか,付き合ってとか,あ,愛してる……とか,いや,まだ早い!?

「私,ガロードに聞いて欲しいことが……!」
そうだ,言うんだ,私!
私はこう見えても,県下一の進学高校合格確実といわれた女!
女は度胸だ! 根性だ! 気合だ!

「ごめん,ミドリ.そんなに好きだったなんて…….」
「はい?」
ガロード以外の何が?
「今度から,もっと気を付けて食べるよ.」
はぁあ!?
何を勘違いなさっているのよ,この王子様は!?

「ガロード,あのねぇ…….」
しかし,続く言葉が見つからない.
「もう,いい…….」
しばらくはこのままで…….

きっと想いは通じ合っているはずだから…….

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