番外編(誓い)


エンデ王国暦870年,1月.
乾いた砂の大地が延々と続く月の砂漠で遠く彼方を見やりながら,第4騎士団団長に就任したばかりの若者はため息をついた.
燃えるような赤い髪を持つ男で,いかにも軍人らしい逞しい肉体を保持している.

「ラオ,じゃなくてラオ将軍.ため息ですか?」
これまた彼の副官に任命されたばかりの若者が聞いてくる.
こげ茶のくせっ毛が楽しそうに跳ねている男だ.
「テディ,からかうな.」
困ったようにラオは苦笑した.

すると彼の副官はいたずらっぽく笑う.
「からかいますよ,なんせ私はまだ独り者ですからね.」
対するラオは結婚したばかりであった.
しかも,国王第一の側近アミの娘と…….

「テディ,ラオ!」
明るい声を上げて,国境警備の砦の方から少女が駆けて来る.
珍しい漆黒の髪と瞳を持つ少女だ.
性別といいその異国の顔立ちといい,軍では何かと目立つ存在だ.
しかし何よりも彼女を目立たせているのは,軍隊にはそぐわない明るい表情なのかもしれない.

「ラオ将軍,ご結婚おめでとうございます.それと第4騎士団団長就任もおめでとうございます.」
砂に足を取られつつラオのもとへ辿り着くと,少女は改まって挨拶をした.
ラオは苦笑して答える.
「前半はともかく,後半はありがとう.」
少女はきょとんとした顔をした.
「政略結婚なので…….」

……君は私ではなく,私の会社と結婚したんだ.
少女は漆黒の瞳を悲しげに曇らせた.
故郷の父母のことが思い起こされる.
するとテディが少女に笑いながら教えた.
「ミドリ,照れ隠しだよ.」
そして遠慮なく上官であるラオを小突く.
「今だって,奥さんの……,」
「テディ!」
ラオは赤い顔をして,慌てて副官の口を押さえた.

すると少女はやっと安心したように笑んだ.
「殿下は一緒じゃないのかい?」
ラオの手から開放されたテディが訊ねる.
「うん,ガロード一人だけ王様に呼ばれちゃって…….本当は待っていたかったのだけど,」
あんな城の中でガロードを一人にしたくない.
「先に城から追い出された.でも多分すぐにこっちに来ると思う.」

少女はまったく王族に対して,多分貴族に対しても敬語を使わない.
少女の育った異世界では身分制は存在しないらしいのだ.
よって少女は今ではすっかり,王子である少年と対等な口をきく唯一の存在だ.
ある意味ラオとテディの忠誠の対象は,少女の前でだけ年相応の少年の顔を見せる.
これもまた珍しい紺の髪,紫紺の瞳の少年…….

「ミドリ.」
砂漠で3人話し込んでいると,その噂の主がやってきた.
「ガロード,おかえり!」
ぱっと振り向いて少女は答える.
「城から戦場に来たのに,おかえりはちょっと変かな……?」
少女が照れたように笑うと,少年は少し頬を染めて答えた.
「いや……,ただいま.」

「ほほえましい限りですね.」
ラオの隣でテディが小さな声で言う.
「あぁ.」
しかしこの恋はきっと実らない.
少女は故郷に帰るだろうし,少年は王子としてしかるべく,他の身分ある女性と結婚するだろう…….

「すまない,ミドリ.負傷兵たちを救護する救護班を作ることは無理になった.」
しかし心得たように少女は頷いた.
そうして意志の強い漆黒の瞳で少年を見つめる.
「王様が反対したの?」
少年はすまなさそうに頷いた.
すると少女はにっこり笑って言う.
「じゃ,王様には内緒で負傷兵たちを回復する回復班を作ろうか?」

それでは名称が変わっただけだ.
唖然とする少年を無視して,少女はラオとテディに向き直った.
「いいでしょ,ラオ将軍,テディ.」
「もちろん.どうせなら名称ももっと分かりづらいものにするか?」
くすくすと笑いつつ,ラオは頼もしく答える.
「すぐに回復魔法の得意なものたちを集めて,チームを組みましょう.」
と,テディも楽しそうに答えた.

「そうね,何人くらいの規模がいいかしら?」
すると少女は,一人蚊帳の外になっている少年に呼びかける.
「ガロード,指揮官は誰がいい?」

少女は決して少年を一人きりにしない.
いつでも少年のことを気にかけている.
ときに母親のように微笑む少女に,ガロードは答えようとした.

瞬間.
びゅんと鋭い音を立てて,テディが砂漠の向こうへと矢を放った.
「魔族か!?」
ラオが聞くと,緊張した顔で答える.
「えぇ,こちらを窺っていました.水色の髪の,人間型の魔物ですね.」
弓の名手であるテディは常人の何倍以上も目がいい.
ぎくりとして少年は紫紺の瞳を,少女の心配そうな漆黒の瞳と合わせた.

「砦に戻りましょうか,殿下,ミドリ.」
複雑な顔をする二人の少年少女に,ラオは言った.
「回復班の件,早急に検討しましょう.」
「あぁ.」
あいまいに頷いて,彼の主君は同意した.

帰り道,ラオとテディとは少し離れて歩きながら少女と少年はなにやらごしょごしょと内緒話をしていた.
「大丈夫かしら? シュリったら.」
耳元で囁かれる少女の声に,顔が熱くなるのを感じながら少年は答えた.
「多分,大丈夫だと思うよ.」
もちろんシュリのことは心配なのだが,シュリの身を案じる少女の表情に少しむっとするものも感じる.

やっぱり,あの白鳥はミドリだったんだね!
あの白鳥はミドリの内面が強くてすごくきれいだから,あんなに美しいんだ.
水鳥とガロードの間に割り込むようにして入ってきた,幼い外見をした少年.
……いつか俺のお嫁さんになってよ,ミドリ.

ラオとテディの前で,少年と少女の会話の雲行きがだんだんとあやしくなる.
ついに少女が少年に対して怒り出す.
「何よ,妬いているの!?」
少年は紫紺の瞳に困惑を映して答える.
「べ,別にそうゆうわけじゃ…….」
その煮え切らない態度に,少女はかちんとくる.
「ガロードこそいつか政略結婚をするんだから,私のことをとやかく言わないでよ!」
強く言い返して,少女はその漆黒の髪を揺らしながら砦へと一人で走ってゆく.

「ミドリ!」
砦に向かって走る少女を,紺の髪の少年は追いかけた.
すぐに追いついて,少女の手を取ろうとする.
しかし,その手を取ってどうするのだ?
シュリのように好きだと告げるのか?

……いつか,必ず故郷に帰してあげるよ.
それは少年にとって何よりも神聖な誓いだった.
だから,この手は取れない…….
少年は立ち止まって,走り去る少女をただ見つめた.

砂漠の砂に足を取られながら,スピードを緩めずに水鳥は走った.
自分で言ったセリフに,何よりも自分自身が傷ついている.
ガロードは王子なんだから,いつかきっと他の国のお姫様とか貴族の娘と一緒になるのだろう.
それこそ王が命令すれば,今すぐにでも結婚するのかもしれない.

この走る足を緩めれば,涙が出てきそうだ…….

でも,いい.
私は地球に帰るから.
ガロードの結婚する姿なんて見ずにすむから.

今はこの戦争を終わらせることだけを考える……!

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