番外編(理由)


「アイリさんは,なぜわざわざ旦那さんのところへ行くの?」
空色の髪をした,不思議な雰囲気の少年が訊ねる.
王都郊外の町で盗賊に襲われそうになったアイリッシュを助けてくれた少年である.
名をシュリと言った.
「そうねぇ,今ごろあの人は私の存在を忘れているかもね.」
エンデ王国北東の小さな村の宿屋で,アイリッシュは考えた.

「政略結婚だったからね,私たち.」
幼い少年は同情するように,アイリッシュを見る.
王にはむかった夫に会いに行くという彼女を,心配して旅に同行してくれている少年だ.
少年は耳慣れない呪文で,魔法を操る.

「でも,愛しているの.」
ふんわりと微笑んで彼女が言うと,少年はまるで自分に言われたかのように頬を赤くした.
「変なの! だって自分の意思で結婚したんじゃないんだろ?」
照れた自分をごまかすように,強い調子で聞く.

アイリッシュはくすくすと笑った.
「はじめてラオにあったときにね,彼はすごく不機嫌な顔をして花を贈ってくれたの.」
そしてアイリッシュがありがとうと言って花を受け取ると,結婚は断りますと言って立ち去った.

城の要職に就く父親に将来有望な男だから手ごまにしたいと告げられたとき,アイリッシュはそのような理由で結婚するのは嫌だと言った.
しかし父親がアイリッシュとラオと引き合わせようとすると,その場に彼は来なかった.
彼は魔族との戦場にいたのだ.

そしてその日の夕方,彼は一人でアイリッシュを訪ねてきた.
「だから次の日に,お父様に結婚を受けますって言ったの.」
「へ? なぜ?」
少年は顔いっぱいに疑問を浮かべている.
「なんとなく……,かなぁ.」

すると父親は向こうが断ってきたからあきらめろと言った.
それでアイリッシュは,ラオの住む軍の宿舎へと押しかけていったのだ.
両手にいっぱいの手作りのお菓子を持って.

アイリッシュは懐かしそうに微笑む.
「そしたらラオはお菓子を一口食べて,ちゃんと味見をしましたかって聞いたの.」
あきれたように少年は頭を抱える.
「そのころからずっと,こんな殺人的な味のものを作っていたのかよ…….」

次の日ラオはアイリッシュの家にやってきて,彼女に結婚を申し込んだ.
すると今度は父親が反対した,彼は将来の危険分子になる可能性があると…….

「まぁ,今の状況を考えるとお父様の予想はあたっていたのよね.」
明るく屈託無く,アイリッシュは笑った.
「あまり,笑い事じゃないんじゃ…….」
成り行きで助けて彼女の旅の護衛をしているのだが,なかなかずぶとい神経の女性だ…….

それで今度は二人で,結婚させてくださいと父親に頼みこんだ.
あまりに熱心に頼むので,父親はいぶかしんでラオに聞いた.

「まだ出会って3日しか経っていないのに,なぜそんなにも結婚をしたがるのだ?」
すると,ラオは答えにくそうに言った.
「え? いや,……なんとなく.」

「怒っただろうね,親父さん.」
呆れてはてて,少年は口を挟んだ.
「うん,あんなに怒り狂ったお父様は初めて見たわ.」
対する彼女はおかしそうに笑う.

「それで,まぁいろいろあった末に結婚したの.」
「はぁ…….」
納得したのか余計に分からなくなったのか,少年はうなづいた.

「シュリこそ,なぜこんな私に付き合ってくれているの?」
今度はアイリッシュが訊ねた.
すると少年はばつが悪い様子で答えた.
「会いたい娘がいるんだ.どうやらラオ将軍と一緒に国境の砦にいるみたいだからさ…….」

「あらあら,おませさんね.」
にこにことアイリッシュは笑った.
「どんな女の子なの?」

まっすぐに見つめる漆黒の瞳,なんの恐れも嫌悪もなく魔族である自分を見つめる.
「強くて,やさしい娘なんだ…….」
別れ際に,一度だけ本気で自分の想いを告白した.
すると少女は困ったように微笑んで言った.
「ごめんなさい,シュリ.私,最後の最後までガロードのそばに居たいの.」

自分はその「なんとなく…….」という想いに負けたのだろうか……?
完璧に振られたくせに,また会いに行く自分がものすごくかっこ悪い.
世界を超えてまで…….

「とても,好きなのね.」
やさしくアイリッシュは微笑んだ.
「なら多少迷惑がられても,会いに行くしかないわよね.」
そのせりふは少年に対して言ったのか,自分に対して言ったのか…….

結婚式当日.
雲ひとつ無い青空の下,花嫁を迎えに来たラオは聞いた.
「いいのですか? 儀式が済んだら,本当に結婚してしまいますよ.」
「私は別にいいわよ,あなたはいいの?」
すると困ったように答える.
「私も別にこれでかまわないですが……,なぜこうなったのでしょう……?」
と,失礼なことを花嫁に対して言う.

アイリッシュは笑って答えた.
「だって,あなたが結婚を断らなかったのだもの.」
「あなたこそ,なぜ断らなかったのですか?」
少し怒った調子でラオは聞く.

すると,アイリッシュは笑って答えた.
「さぁ? ただ,なんとなく,かなぁ.」
「仕返しですか?」
苦虫を噛み潰したように,ラオは聞いた.
「そうよ.それよりももう敬語はやめてね.」
晴れ渡る空よりも明るく,アイリッシュは笑った.
「私たち,夫婦になるのだから.」

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