心の瞳


第九章 月の砂漠にて(外伝)


見渡す限り,地平線には砂しか見えない.
空には,星ぼしがまるで競い合うかのように輝きあっている.

その中を少年と少女が二人歩いていた.
夜よりも深い漆黒の髪を揺らしながら,少女は少年に向かってぼやいた.
「あ〜あ,ガロードが一人で突進してゆくから…….」
少年と少女はこの広い砂漠の中で,迷子になっているのだ.
むっとして少年は言い返す.
「ミドリこそ.迷ったのなら,動かずに助けを待とうって僕は言ったのに……,」

昼間の魔族との戦闘でガロードは一人突出してしまい,いざ魔族が逃げてしまうと自分の居場所が分からなくなってしまったのだ.
ガロードを追いかけてきた水鳥が純白の鳥から漆黒の少女へと戻ってしまうと,二人はいよいよ途方にくれてしまった.
さて,彼らの帰るべき砦はどこにあるのだろう……?

文句を言うのも飽きて,少女は空を見上げる.
少女がこの世界に連れられてから,もう1ヶ月以上が過ぎていた.
「きれー.」
少女がつぶやくと,少年も足を止め満天の星空を見上げる.
「ガソリンも電気も無い.そりゃ,星も綺麗よね.」
少年は意味が分からず,不思議そうな顔をする.

「もういいや,私ここで寝る.」
そういうと,少女はぺたんと砂の上に座り込んでしまう.
そして,びっくり顔の少年に向かって,
「朝になれば,騎士団のみんなが助けに来てくれるわよ.」
と笑い,大の字になって寝転んでしまった.

少年もしぶしぶ少女の隣に腰をおろした.
確かに歩き回っていても疲れるだけだ,ただでさえ昼間の戦闘で二人ともすでに疲れきっている.

つんつん.
長い紺の髪を少女が後ろからつっついてくる.
なんだ,と後ろを振り向こうとした途端,結構な力で髪を引っ張られた.
「おわっ!」
少年は砂の上にひっくり返ってしまった.
少年のすぐそばで,少女はくすくすと笑った.
「ガロードも寝なよ.朝になったら,起こしてあげるから.」

年上ぶる少女の顔を,ふてくされたようにみやって少年は瞳を閉じた.
「ミドリこそ,寝坊するなよ.」
少女が笑いながら答える.
「しないわよ.私こう見えても,今のところ皆勤賞よ.」
「カイキンショウ?」
「えっとねぇ,私,中学校,まだ一度も欠席したことないの.」
隣り合う体温がなぜかくすぐったい.水鳥は今は遠く離れた故郷に想いを馳せた.
「萌葱なんか,あ,萌葱ってガロードと同い年の妹ね,萌葱なんか,もう何回も風邪を 引いたりで休んでいるのよ.」
少女はその漆黒の瞳で,遠くを見つめる.
「それなのに,私ってば,本当に健康で……,」
ふと少女の声が途切れた.
少年が心配そうに,少女に向かってしゃべりかける.
「ミドリ…….」
「私,もう寝るね.」
「ミドリ,帰りたい?」
「……おやすみ.」
少年の質問に,少女は答えなかった.

「いつか……,いつか,必ず故郷に帰してあげるよ.」
少女の返事が無いのに気づいて,少年は起き上がって少女を見つめた.
健康そうな寝息を立てて,少女は眠っていた.
「ミドリ…….」

隣に感じていた少年のぬくもりをなぜか身近に感じて,少女はまぶたを開いた.
すぐ近くで,少年の紫紺の瞳と視線がかち合った.
少年の吐息が,少女の唇を湿らせる.
「ガロッ……,」
顔が火照るのを感じながら,水鳥は驚いた声を出した.
しかし,少年の反応の方がもっと過敏だった.
「ごっ,ごめん!」
真っ赤になって叫ぶとさっと少女から離れて,しかもその反動で砂丘から転がり落ちてしまった.
「ガロード!?」

火照った顔をさましつつ,少女は少年の転がり落ちたほうへ近づいていった.
「ガロード,大丈夫?」
砂を払いながら,まだ幾分赤い顔をした少年は立ち上がり微笑んだ.
「ミドリ,砦の場所が分かったよ.」
少年の視線の先を追いかけると,夜空に華が咲いていた.

それは,音の無い花火だった…….
美しい花々が砦から打ち上げられて,少年と少女に家路を教えてくれる.
「すごい…….これも魔法なの?」
「あぁ,光の魔法の一種だよ.」

少女は少年を見つめ,笑みをこぼした.
「ガロード,帰ろう.」
少年も,少女に笑い返して答えた.
「あぁ,皆が心配して待っている.」
二人は光に彩られた家路を辿っていった…….

ミドリ,帰りたい?
……うん,それはもちろん.
いつか,必ず故郷に帰してあげるよ.
……うん.でも今はもうちょっとだけ,ガロードと一緒に居たいな.

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中書き