キングダム!04


朝起きたら,アニマルキングダムがヒューマンキングダムになっていた.
「おはようございます,ノリコ様!」
金髪碧眼のメイドさんが,パンと紅茶をトレイに載せてベッドにやって来た.
私は,人間になってしまったメイドさんを凝視する.
「食べられますか? それとも昨夜のことで胸がいっぱいで,食べられないとかございますか?」
きゃぁっと一人ではしゃぐメイドさんは,うさぎさんと同じノリだ.

「いた,だきます…….」
ベッドの中をきょろきょろと王様を探すのだけど,王様は居ない.
「あの,王様がどこに居るか,知りませんか?」
するとメイドさんは,にまっと笑った.
「陛下は城の正面玄関のところで,もう1時間26分もノリコ様をお待ちしておりますわ!」
1時間26分…….
……私,ずいぶん寝坊したみたい.

ご飯を食べて,洋服に着替える.
顔を洗ってから部屋を出て,城の中を小走りに駆けて王様を探す.
「おはようございます,ノリコ殿.廊下の制限速度は時速4.5kmですぞ.」
にゃんこ大臣は,普通のおじさん.赤毛でちょび髭.
「ノリコ様,今日の陛下は身だしなみを整えるのに,いつもの平均の1.7倍の時間をかけていらっしゃいました!」
清掃係のあらいぐまさんも,普通のおばさん.緑の瞳で,ふっくらとした体型.

みんなみんな人間になっている.
どうしよう,逆に王様はライオンになっていたら…….
……それはそれで,かわいいかもしれないけど.

「王様ぁ!」
大広間で昨日と変わらない王様を見つけた瞬間,私は叫んだ.
自分でも不思議なくらいに,安堵感がこみ上げる.
「ノリコ,」
元わんこの将軍たちと,談笑していた王様は振り返る.
「どうしたのだ? えらく慌てているな.」
王様は,にこっと大人のような余裕のある笑みを浮かべた.

あれ? 王様の笑顔って初めて見るかも…….
それよりも,王様が仕事をせずに立ち話をしているなんて…….

戸惑っていると,王様の方から近くにやって来た.
王様の背は,私の胸ぐらいまである.
ぼけっと王様を見つめていると,さっと手を取られて口付けをされた.

王様が,王子様のように見える.
きらきらと輝く黒の瞳,漆黒の髪は一つまとめに縛られている.
銀の刺繍の入った白い服と赤いマント,そして腰に差されたレイピア.
王様の顔がなんだかまともに見れなくて,私は熱い顔を俯いて隠した.
「故郷へ帰る前に,少しだけ私に付き合っていただけないだろうか? 我が”鏡”殿.」
下を向いたままで頷くと,王様はすぐに私の手を引いて歩き出す.
ふと思いついて振り返ると,恰幅のいい将軍たちが小声で万歳三唱をしていた…….

「王様,どこに行くの?」
お城から出て,私と王様は馬屋へと向かう.
馬は馬のままで,馬の世話をする人はちゃんと人間だった.
「強さを,手に入れに…….」
王様は一頭の馬を見繕うと,馬に乗ったことがあるかどうか聞いてきた.
もちろん,そんな経験は無い.
素直にそう言うと,王様が私を抱き上げて馬の鞍に乗せてくれた.
「意外に力持ちだね,王様.」
びっくりした……,男の子ってすごい.
王様がひらりと私の後ろに乗って,馬をゆっくりと歩かせる.
お城の門から出るときに,門兵さんたちは予想通りに万歳三唱で見送ってくれた.

なんだろう……?
王様と私がデートすることが,めでたいのかな?
動物から人間になっても,万歳三唱は変わらない…….

城壁周りを巡って裏手へ回ると,小高い丘を駆けてゆく.
途中でお尻が痛くなったと告げると,王様はすぐに馬から下ろしてくれた.
そのまま馬を休ませて,二人で草原に座り込む.
「本当はあなたを,父上の墓の前まで連れて行きたかったのだが……,」
「え? ごめんね,王様.」
慌てて謝ると,王様は気にするなと首を振ってくれた.
「場所はどこでもいいんだ,……ただ,あなたに聞いて欲しいことがあって.」
暖かな風が吹いて,王様の横顔を撫でてゆく.

「私の母は遠い国からこの王国へと嫁いできた.」
唐突に,王様の昔話は始まった.
「母は黒髪黒目で,父は銀髪碧眼だった.」
お母さんは,東洋の人だったのかな.
「けれど母は黒髪黒目の私を産み,そしてその夜のうちに,同国からつれてきた情人とともに逃げ出した.」
遠いところを見る,王様の瞳.
王様のお母さんは,王様を置いていったんだ…….
「ただ,それだけの話なんだ.」
くすりと,諦めたように王様は笑った.
「父上は血の繋がらない私を息子として扱ってくださった.そして昨年,王位を継いだときに,私は髪を染めたのだ.」
どうして,わざわざ髪を……?
王様の話は断片的過ぎて,分からないところが多い.

ううん,分からなくていいんだ.
たった一つの真実だけが分かっていれば.
「……王様は,いい王様だと思うよ.」
王様の事情なんて分からない,けれどこれだけは言える.
「お城の人たちみんな,いつも楽しそうだもん.……ちょっと行き過ぎているけど.」
へらっと笑ってみせる,深刻な顔の王様に.
すると少しずつ王様の顔もほぐれてきて,私はうれしくなって笑った.
王様も笑った,目じりに光るものを見つけたけれど,私は気づかない振りをした.

「城へ戻ろう.」
ひとしきり笑った後で,王様が立ち上がる.
「うん!」
私も立とうとした瞬間,王様の背がにょきにょきと伸び始めた.
「へ?」
王様の作る影が長くなる,遥か上方にある王様の顔はいかつい男の顔をしている.
「どうしたのだ?」
問いかける声は低い,のど仏もある.
ごつごつとした手を差し出されて,私は思わずあとずさった.
「お,王様……?」
目の前にいるのは,知らない男の人.
黒い瞳に,茶色の髪の.

……あなたには,私の本当の姿が見える.
王様の,本当の姿.

「お,王様は,何歳ですか……?」
とろい私はすぐに王様に捕まって,抱き上げられてしまった.
「私は27歳だが.……すまない,少し年を取り過ぎているだろうか?」
たくましい腕に,子供のように抱き上げられている.
「つ,つかぬ事をお伺いしますが,猫やうさぎはお城には居ませんよね?」
王様はくすくすと笑い出した.
「ペットを飼いたいのか? ならばすぐに用意させよう.」

ち,違う…….そういうことじゃない.
のろい私は,今やっと気づいた.
王様が子供に見えていたのは,私だけ.
お城の人たちが動物に見えていたのも,私だけ.

一人ぼっちのさびしい子供は今,大人になる.
「あぁ,肝心なことを言い忘れていた,」
うれしそうに細められた目に映っているのは,私しか居ない.
「愛している,結婚しよう.」
「だっ,駄目,」
拒絶の言葉は,初めてのキスに吸い込まれた.

ど,どうしよう…….
胸のどきどきが止まらない.
どんどんと地球に帰れなくなっている.
髪を撫でられる大きな手に,抵抗なんて出来ない.
そしてきっと,お城では万歳三唱で迎えられるのだ…….

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