キングダム!03


「式典はいつになさいますか,陛下.」
うきうきと喜びを隠せない臣下の顔を,若い国王は苦々しげに眺めた.
ここは国王の執務室であり,今は河川工事について話し合うべき時間である.
「ドリアーナ川の下流には,確か小さな集落がいくつかあったな,」
「陛下,ご結婚は人生の一大事ですぞ!」
主君の手から地図を奪い去り,大臣はそれをくるくるっと丸めた.
「川が何です!? 川だって陛下のご結婚を祝って決して氾濫しませんよ!」
めちゃくちゃな部下の言い分に,国王はため息を吐く.

「ノリコは明日,帰るつもりだと言っていた.」
今朝,帰る予定だった彼女は,帰国を延期した.
「なんですと!?」
予想外の国王からの言葉に,大臣は目をむく.
「明日はバイトという仕事があるらしい.だからそれに間に合うように,」
「お引止めなさいませ.」
無礼にも主君の言葉をさえぎって,大臣はしゃべった.
「そして正式に求婚なさってください.」

「国王の婚姻は国の大事だ.安易に決めるべきことではない.」
別の書類を机の上に広げだす国王に,大臣はつばを飛ばして叫んだ.
「あなたのご結婚です! 国ではありません!」
「うるさい,黙ってくれ.」
国王は,もうこの話題は終わりだとばかりに,書類にペンを走らせ始める.
眉間に深い皺を寄せて.
「あなたは今朝,どれだけ自分がうれしそうな顔をしたのか,自覚していないのですか!?」
苛烈な目を上げた国王に,臣下は思わず言葉を飲み込んだ.

「……ノリコは外国人だ.」
うめくようにもらされた,それが主君の本音.
「私どもは誰も,そのようなことは気にしておりません.」
哀れむように,大臣は言った.
「あなたの血も,髪の色も……,」


***


異世界二日目の夜は,最初から不穏だった.
昨日と同じく王様と一緒に夕飯を食べて,王様の部屋から出ると,
「ばんざ〜い,ばんざ〜い.」
「ばんざ〜い,ばんざ〜い.」
廊下では,うさぎのメイドさんたちが万歳の練習をしていた.
「……何をやっているのですか?」
聞きたくないような気がするけれど,私は聞いてみる.
「まぁぁぁぁ,ノリコ様! お恥ずかしいところを見られてしまいましたわ!」
うさぎさんたちは真っ赤になって,おろおろばたばたとする.
いや,だって,王様の部屋のまん前でやられたら,どう足掻いても見ちゃうというか何というか…….
「もちろん,陛下とノリコ様のご結婚式での,万歳のリハーサルでございます!」
がくっとコントのように,私はずっこけたくなった.
「あの,結婚はしないと思うのですが……,」
王様,子供だし.

「何をおっしゃっているのですか,ノリコ様!」
そしてうさぎさんはエプロンのポケットから,懐中時計を取り出す.
うっ,この展開は……,
「ノリコ様は国王陛下と,1時間11分もお食事をなされたのですよ!」
やっぱりぃぃ…….
「きっとすばらしく会話が弾んだに違いありませんわ!」
「そして蝋燭の炎を見つめながら,永遠の愛を誓……,きゃぁ〜〜〜,恥ずかしいですわ!」
「国王陛下のプロポーズのお言葉は,どのようなものでしたか!?」
うさぎさんたちの赤いお目目は,きらきらと好奇心に輝いている.
そして長いお耳が,私と王様の恋の進展を聞きたがっている.

王様,助けて…….
あなたのお城の人たちは,どうしてこんなにもハイテンション?

そして乙女妄想継続中のうさぎさんたちに連れられて,私はお城の大浴場へと案内された.
大きなお風呂を独り占めできると聞いて,私の心は浮き立つ.
いい匂いのする石鹸で体を洗って,大きな湯船にどぷんとつかる.
「あー,いい湯だなぁ.」
存分にお風呂を満喫した後で脱衣所へと戻ると,うさぎさんたちがなぜか待ち構えていた.
うさぎさんの目がうきうきとしていて,まるで自分がにんじんかきゃべつのような気分.
「マッサージをしますね,ノリコ様.」
「……はい?」
昨日は,こんなサービスは無かったと思うのだけど…….

「さささ,どうぞ横になってください!」
私はよく分からずに,用意された白いベッドに寝転がる.
すると3羽のうさぎさんたちがぴょんぴょんと跳ねて,私を取り囲んだ.
「ノリコ様,お若いからお肌がすごく綺麗ですわぁ!」
さっそくうさぎさんのぷにぷにした肉球が,私の体のお肉をうにうにと揉んでゆく.
「張りと潤いがございますわ!」
なんか,そうゆう風にべた褒めされると照れる…….
「エキゾチックな魅力がございますわ,異国の方には.」
気持ちよくなってきた……,私はうつらうつらと眠りの世界へゴーゴーヘブン.
「香料も塗りましょう.」
うさぎさんたちの小さな手が,人間の手のように感じる.
まるでお母さんの手のような…….
「もっともっと磨きをかけて,」
これが女の幸せというものかなぁ…….
「……国王陛下のために,」
……王様のために.……え? 王様?

「今夜はお二人の大切な夜ですから!」
「えええええええ!?」
がばっと跳ね起きた途端,ごつんとうさぎさんと頭を打った!
い,痛い…….うさぎさんは石頭.
「どうなさったのですか,ノリコ様!?」
「駄目よ,そのようなことをお聞きしたら.ノリコ様は恥らっていらっしゃるのよ!」
ち,違う,……私は頭突きしたおでこを押さえて,言葉が無い.
「大丈夫ですわ,ノリコ様.このようなことはすべて殿方にお任せすればよろしいのです!」
「ノリコ様はど〜んと構えていらっしゃればよいのですわ!」
あれよあれよという間に,私は微妙に透けるネグリジェを着せられる.
そして湯冷めしないようにとガウンを羽織らされて,ぽいっと王様の寝室に投げ込まれた.

うさぎさんの仕事は速い,……そして逃げ足も.
私はまるで亀.
「待って.」のまの口を開けたまま,じっと閉められたドアを見る.
……とろいのかな,私.

「ノリコ?」
背中から不思議そうな声をかけられる.
王様の声だ.
私はそぉっと振り返る.
王様は就寝前の読書タイムだったようで,小さな体にそぐわない大きな本を持っていた.
「こんばんわ,王様.」
私はとりあえず,へらっと笑って見せた.

王様は,ぱちぱちと瞬きをして,そして見る見る間に頬を赤く染めてしまう.
私の顔も,きっと赤い.
でもよく考えれば,王様は子供だから,別にいいんじゃ…….
私はベッドの中の王様を,じぃっと観察する.
子供だし,そうゆうの知らないと思うし…….
それにベッドは十分広そうだから,二人で寝ても狭くなさそう.

「……そっちに行っていい?」
さすがにネグリジェは見せられないから,私はガウンをしっかりと締めて歩き出す.
「……いや,あの,」
王様は真っ赤で,視線があちこちに泳いでいる.
「その,私は,……まだ!」
王様って何歳くらいなんだろう? 小学校の高学年程度?
……なら,少しやばいかなぁ?
「あなたを愛し,守れるほどに強くはないのです!」
大真面目な王様の告白に,思わず足が止まってしまった.

どうしよう…….
王様と私って,いったいどれだけの年の差があるんだろう.
真剣な王様の顔は,笑えない.
「私,……待つよ.」
自分でも驚く程,するりと言葉が出てきた.
「王様,あっち向いて.」
王様が背中を向けたのを確認してから,私はガウンを脱いだ.
そしてベッドの中へともぐりこむ,最初からベッドに居た王様はじりじりと端の方へと逃げてゆく.
「こっち見てもいいよ,王様.」
顔だけを出して,私は小さな王様に呼びかけた.

なのに,王様は背中を向けたまま顔を見せてくれない.
ベッドの端に腰掛けて,小さな足は床についているのかどうか.
「……今夜は,眠れない.」
赤い耳たぶに,私は思わず笑ってしまった.
「よい子は寝る時間だよ,王様.」
御伽噺のような王国の王様.
ここはアニマルキングダム,小さな王様の.
「そういえばね,今,気づいたんだけど,」
振り向かない背中に,話しかける.
「ここのお城の皆って,王様のことばかり考えているんだね.」
しゃべりながら,ついつい笑いがこみ上げてしまう.

人の話を聞かない困った動物たち,勝手に結婚を進める困った動物たち.
「今日,陛下は執務中に3分54秒も物思いに沈んでいたとか,陛下の普段の食事時間は15分未満だから,ちゃんと噛んで食べているのかどうか心配だとか,」
すぐに万歳三唱を始めるし,すぐに時計を持ち出すし.
「逐一,私に報告してくるの.――そうそう,時間を計る癖は王様がお城に広めたのでしょ?」
「ち,違う!」
赤い幼い顔が,くりっと振り向いた.
「私は効率よく仕事を進めるためにスケジュール管理を,」
「おやすみ,王様.」
皆が放っておけないのが,分かるなぁ.
「また,明日…….」
闇に沈む意識に,王様の「おやすみ.」だけが聞こえた.

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