キングダム!02


「我らの王国はシリア神の恵豊かなツォーネの大地に,初代国王であらせられますリッツカニア陛下がシンター歴1768年に建国され……,」
王様と別れた後,私はにゃんこ大臣たちに城の中を案内されていた.
「この広間の柱はデノン・カタデノン型と言われ,サンザニア建築様式の優美で壮麗な……,」
観光気分で,ふかふかの絨毯を踏みしめる.
うわぁ,靴で歩くなんてもったいないよ,裸足で歩きたい.
「こちらが財務省でございます.我らの王国の税制は隣国リンゼーから取り入れられたものでして,この地上でもっとも優れた……,」
すご〜い,大きなシャンデリア!
しかも電気じゃなくて,蝋燭だよ!
「……ノリコ殿!」
おあぁ!? いきなりわき腹をつつかれて,私はびっくりした.

「聞いておりますかにゃ!?」
にゃんこのお顔のアップは,ちょっと怖い.
「聞いています,……にゃん.」
にゃんこ大臣は,やれやれと首を振った.
「ノリコ殿には,もっと王妃としての自覚を持っていただきたいのですにゃ……,」
はい?
「すでに国王陛下とは,ラブラブであらせられますにゃ.であるからして,吉日を選び,すぐに婚姻を,」
「ちょ,ちょっと待って,」
いつ,私と王様がラブラブになったの!?
「私,王様と会ったばかりだよ!」
いや,それ以前に年の差を考えようよ!

するとにゃんこは,猫のくせにちっちっちと指を振った.
「13分30秒にゃん.」
……何が?
「ノリコ殿は陛下と13分30秒も,ともに過ごされたにゃん!」
内ポケットから取り出した懐中時計を高々と掲げ,にゃんこ大臣は誇らしげに語った.
「しかも二人っきりで! これは二人の間に何があってもおかしく無いにゃん!」
にゃんてことを,妄想しているのよ!?
たった10分ちょっとで!
「違うよ! 客室を用意するとか夕食を一緒に食べようとか,そうゆう事務的なことをしゃべっていただけだもん!」
「しょ,食事を一緒に〜〜〜〜〜!?」
にゃんこ大臣の声が裏返る,そして泡を吹いて倒れる猫も居る.
そ,そんなにびっくりすることなの……?
「これはなんと由々しき事態!?」
「晩餐会の準備を! 国中に触れを出さなくてはならないにゃん!」
口を挟む隙を与えずに,にゃんこたちは円陣を組む.
にゃんにゃん,こそこそと話し合い,ちらっちらっと私を伺い見る.

どうしよう…….
このままじゃ,勝手に結婚させられる.
私って,とろいのかな…….
にゃんこたちの迫力に負けているかも…….
明日,本当に帰れるの……?

――結局,夕食は覚悟していたような舞踏会にはならなかった.
王様が大臣たちの暴走を止めてくれたらしい.

「王様だけだよぉ,私の話をちゃんと聞いてくれるのは.」
食堂ではなく,王様の自室で私たちは食事を取った.
王様と二人っきりのときが,一番安らげるかも.
「いや,別に…….部下が行き過ぎたことをした,すまない.」
王様は子供なのに,テーブルマナーは完璧だ.
小さなテーブルで二人向かい合って,のんびりと食べている.
私が食事の作法なんて知らないって言ったから,こんな風に夕食を用意してくれたみたい.
王様は気の利く,本当にいい子だなぁ.
「ありがと,王様.」
にこっと笑うと,王様は照れて俯いてしまう.
王様は,けっこうかわいい.

「そうだ,王様,」
私は,少し気になっていることを聞いてみた.
だって,まともに答えてくれそうなのは王様しか居ないもの.
「”真実を映す鏡”って何?」
すると王様は急に真面目な顔になって,私を見返してきた.
「……あなたには,私の本当の姿が見える.」
まっすぐに見つめてくる瞳に,どきっとする.
ひどく澄んだ,黒色の瞳.
「心根が醜い者だと醜く,歪んだ者だと歪んで,」
「王様は綺麗だよ!」
まるで自分が汚いもののような言い方に,私は声を上げた.
「私の”心を見る瞳”であり”真実を映す鏡”であるあなたに問いたい.」
けれど王様の黒の瞳が揺れている.
「私の髪は何色か?」
不安に煽られて,真実に惑って…….

「……黒.」
迷った末,私は正直に答えた.
「私はいつも,髪は茶色に染めている.」
伏せられた瞳には,自嘲するような色が浮かんでいる.
「私の欺きを,母の罪をあなたは見抜いているのだ…….」
「そんな……!」
だけど,言葉がうまく続かない.
どう言えばいいのか,分からない.
王様は優しいのに,とてもいい子なのに…….

小さな王様の真実が知りたいと思った.
王様を守ってあげたいと,思ってしまった…….

翌朝,王様やにゃんこ大臣らに見送られながら,私は地球に帰ることになった.
「行かないでくださいにゃ〜〜〜,」
しがみつくにゃんこたちに,さすがに辟易とする.
王様は少し離れた場所で,私を見ていた.
「そろそろ,呪文を唱えますので……,」
黒フードを着たやぎさんたちが,魔法使いらしい.
だだをこねるにゃんこたちをなだめつつ,魔方陣の外へと追いやる.
「儀式を始めさせていただきます.」
メェメェと,やぎさんたちは合唱を始めた.

不可解な模様の円陣が,燐光を放つ.
その中心に立って,私はただ王様だけを見つめていた.
王様も,私だけを見ている.
さびしそうな瞳,たった一人の王様.

多分,王様にはお父さんもお母さんも居ない.
居たら,お城で出会わないわけが無いし,にゃんこ大臣たちの話に出てこないはずが無い.
動物たちに囲まれて,一人きりの人間.

長い長い呪文が続く中,私は王様に言うべき言葉を探す.
……あなたには,私の本当の姿が見える.
最後に言うべき言葉を…….
私には王様がさびしそうに見える.
誰か,そばに居て欲しそうに,
「王様!」
気づいたら,魔法陣の外へと飛び出していた.
やぎさんたちが,メェェェと悲鳴を上げる.
「王様! もう少しだけそばに居させて!」
幼い瞳をまん丸にして,王様は私の瞳を見上げる.

「私に見えるのは,王様の罪じゃなくて綺麗な心だよ.」
伝わるように,この言葉がちゃんと王様に伝わるように.
するとおもむろに,王様はしゃがみこんだ.
「王様!?」
慌てて助け起こそうと手を出すと,王様はやんわりと拒絶した.
「あなたほどに尊い女性を,私は知らない.」
……どうしよう.
王様は,一般庶民の私に跪ているみたい.
「大げさだよ,王様.」
さすがに顔が熱くなる.
王様は私の手を取って,立ち上がった.
さっと手に口付けるそのしぐさがあまりにも自然すぎて,私はびっくりするのも抵抗するのも忘れる.

私と王様の周囲では,にゃんことやぎが万歳三唱をしている.
ここはアニマルキングダム.
私は大学を二日間もさぼってしまった…….

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