少女が故郷へと帰ってから,幾日が過ぎたのだろうか.
少年は,以前と変わらぬ日々を送っていた.
変わらないはずなのに,色を失ってしまった生活に.
少女が居なくてさびしいのか,図書館内の本たちも静かだった.
それとも,少女を引き止めなかった少年を怒っているのだろうか.
当然,仕事もまったくはかどらずに,少年は近頃では休日も仕事をするようになってしまった.
今日も,少年は休日にもかかわらずに図書館に居た.
本たちに呼びかけても,彼らの反応は鈍い.
少年は,今日はもう家に帰ろうかとため息を吐く.
すると,扉が開いて珍しいお客がやってきた.
「お兄ちゃん,差し入れだよ.」
妹のユウヒである,手にバスケットを持っている.
「焼きたて,おいしいよ!」
少年を元気付けるように,にこにこと満面の笑顔を浮かべている.
「ありがとう.」
お菓子の入ったバスケットを受け取ると,甘い匂いがした.
「お兄ちゃんってさ,」
すると妹は,拗ねているような笑っているような妙な顔をする.
「結構騙されやすいというか,勝手に勘違いしているというか,」
おかしそうに,くすくすと笑い出す.
「お兄ちゃんには当分の間黙っていろと,伯爵様に言われたけど,」
バスケットの中には,母親が作ったにしては少々形がいびつなクッキー.
少し前まで少年は,当たり前のようにこれを口にしていた.
「……お兄ちゃんが気づく分にはいいよね?」
少年が問いかけるように顔を上げると,妹は得意げに笑う.
「何度も言うようだけど,焼きたてだから.」
瞬間,少年はバスケットを妹に押し返して,外へと飛び出した.
休日ののどかな真昼の街中を,全速力で駆けてゆく.
人々は皆,ゆったりと休日を楽しんでいるというのに,少年だけが息を切らして走っている.
近道をするために路地裏へ入り込むと,樽の上で昼寝をしていた猫がびっくりして跳ね起きる.
「ごめん.」
律儀に謝って,少年は薄暗い道を通り抜けた.
やっとのことで家に帰り着くと,母親がびっくりした顔で少年を迎えた.
「途中で逢わなかったのかい!?」
誰と,どこで? など聞くまでも無い.
少年はすぐさま,来た道を引き返した.
「我が息子ながら,要領が悪い.」
母親の声を背に.
図書館まで戻ってくると,さすがに少年は汗だくだった.
扉の側の壁に手をついて,ぜいぜいとあえぐ息を整える.
この図書館に息を切らしながら駆け込んでくる者など居ない.
休日の街以上に,館内は時間がゆっくりと流れているのだ.
額の汗をぬぐって,少年は扉を開いた.