君に降る07


翌朝,少女の地球への帰還の日はよく晴れた.
カリーヌ伯爵とともに馬車で,少女は王宮へと向かう.
服は,この世界へやってきたときに着ていた高校のセーラー服だ.
伯爵に女性は素足を見せるものではないと注意されたので,スカートの丈は最大限に長くしている.

王宮へは,一度しか行ったことが無い.
前庭に馬車が停止すると,黒髪の男性が少女たちを迎えてくれた.
「ご機嫌麗しゅう,姫君.」
洗練されたしぐさで,男はひざまづく.
そのくせ顔を上げては,少女に対していたずらの合図のようにウインクしてきた.
彼がこの王国の王子,シンである.
「私の機嫌は,朝からあなたの顔を見てしまったせいで最悪ですわ,シン殿下.」
カリーヌが,一緒に居る少女が困ってしまうほどにつんと冷たくそっぽ向く.
「おや,それはいただけない.」
たくましい肩をすくめて,壮年の王子はにやりと笑ってみせる.
「私の機嫌は,あなたの美しい顔を見つめるだけでこの場で踊りだしたいほどですが.」
さりげなく女伯爵の手を取り,口付ける.
まるで映画のようなシーンに,幼い少女は一人で赤面した.

王子がカリーヌ伯爵に求婚し続けていることは,この王国の公然の秘密である.
ちなみに,カリーヌが王子を憎からず思っているが意地を張り続けているというのも,公然の秘密だったりする.

「さぁ,ヤヨイ.中庭へ案内するよ.」
王子は,ともに並ぶと兄妹どころか親子のように見える少女の手を引いて,王宮内をエスコートした.
少女はこれから,王子が調べてくれた失われた古き神人の歌によって世界を越えるのだ.
「これが歌の歌詞だよ.」
「ありがとうございます.」
少女は渡された紙を,大切に胸のポケットにしまいこむ.
たどり着いた中庭では,王宮雅楽隊がすでに準備を整えていた…….

静かだ.
なんて静かなのだろうか,ここは.

独り,広い図書館内で少年はあたりを見回す.
しかしその途端に少年は気づく,自分が何を探しているのかに.

いったい,自分は何をやっているのだろうか.
図書館の仕事など,一日どころか二日三日休んでも支障は無いのに.
少年は疲れたように,本棚にもたれた.
なぜ,少女の見送りに行かない?
少女とは,もう二度と逢えなくなるのに.

少年が一人で鬱々としていると,かたかたと少年のもたれている本棚が震え出した.
そして少年が振り向く暇も与えずに,何冊もの本が少年の上に落ちてくる.
「な……!?」
少年は慌てて逃げる,するとぎぃとかすかな音を立てて外に通じる扉が開いた.

けれどそこに,少女は居ない.
あの日,少年のもとへやってきた少女は居ない.
不安そうな眼差しで,仕事が欲しいと言った少女は.

我知らず,少年は駆け出していた.
もう,間に合わないと知りながら…….

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