赤い目の朝が少しずつ減ってゆく．
そして少女は，赤い目の変わりに甘い匂いをさせてやってくる．
「すっかりお菓子作りの名人だね．」
少年の言葉に，少女は花のほころぶような笑顔で応えた．
静かな図書館に，彩りが加わったように思える．
決して華美では無い，淡い暖かな色彩だ．
日差しの差し込む窓辺に立てば，いつのまにか花瓶に花が活けてあったりする．
静謐な空間であったそれが乱されたとは感じない．
ただ，景色がほんの少し立体的になっただけ．
館内にしとしとと文字の雨が降れば，大きな本棚と本棚の間で少女が本を読んでいる．
遥か遠く神話の世界に思いをはせると，におい立つ草原が波のように押し寄せてくる．
人の子を見守る定めを持つ世界神ジャーバの娘が，そこには立っているのだろう．
「ヤヨイ，」
声をかければ，少女は淡く微笑んで顔を上げた．
「サライさん，この本をお借りしてもいいですか？」
黒の瞳にはもう，迷い子のような不安の翳りは映らない．
しっかりとこの世界に息づいている．
「多分，その本はヤヨイが最後のページをめくるまで本棚には帰らないと思うよ．」
すぐに少女は，少年の言わんとすることに気づいた．
試しに本を本棚へ戻そうとするのだが，本はするりするりと帰宅を拒絶する．
それどころか本棚の中に収まっていた本たちまで，ことことと動いて邪魔をするものだから，少女は思わず笑ってしまった．
「仲良しですね．」
「上中下巻だから，特にね．」
そう，兄弟のような感じだ．
少年がすっと手をかざすと，どこからともなくしおりがふわりと舞い降りてくる．
少女の手にある本に挟んでやると，本はひとりでにしおりを抱いた．
「一緒にお邸に帰ろうね．」
少女が少し照れながら，おどけたことを言う．
見つめあって微笑み合えば，誰よりも何よりも少女を近くに感じる．
そうして少女の存在が当たり前になった頃に，別れは訪れる．
「地球に，故郷に帰れるようになりました！」
出勤と同時に，少女は興奮した面持ちで叫んだ．
「あの，シン王子様がいろいろと調べてくださって，それで，」
淡い朝の光が館内を柔らかく包む中で，少年は言葉を無くす．
この王国の中で，少年ほど言葉というものを知っている人間は居ないのに．
「……明日，帰ることになりました．」
興奮していた少女も，なにやらもじもじと俯いてしまう．
これは，喜ばしいことだ．
自分に言い聞かせた後で，少年は微笑む．
「よかったね．」
「はい．」
ほっとしたように，少女は笑みを返す．
「それで，サライさん，」
少女の言葉の先を読んで，少年は少しだけはやい口調でしゃべった．
「明日は見送りにはいけないけど，」
少女の黒の瞳が，軽く瞠られる．
自分にこんな意地悪な切り替えしができるのは思わなかった．
「今までありがとう，ヤヨイが居てくれて助かったよ．」
悲しげに伏せられる黒の瞳．
色の失った図書館で，少年は唇を笑みの形に押し上げた……．