お母さん,お姉ちゃん,そして天国のお父さん.
私は,なんとかやっています.
図書室の大きな窓から見える青い空に,少女は祈りを込める.
どうか,心配しないで.
ここの世界の人たちは皆,とても優しいです,と.
後ろを振り返れば,少年が本と静かに対話をしている.
まるで御伽噺の世界のようだ.
文章が少年の脇をくぐり抜け,挿絵の空が柔らかな髪を揺らす.
本に愛される少年は今,物語の中に居る.
幻のようにかすかな立ち姿は,影すらも消え入りそうに.
少女と同じ年頃なのに長いときを生きる仙人のような雰囲気を持っている,彼がこの図書館の主だ.
お昼休みに少年に促されて焼いたクッキーを見せると,少年は珍しく驚いた顔をした.
軽く瞬きをした後で,してやられたといった風に苦笑してみせる.
「ユウヒですね,このクッキーの作り方を教えたのは.」
「え? なんで分かるのですか?」
友人の名前を当てられて,少女はびっくりした.
ユウヒは少女と同じ歳の,カリーヌ伯爵邸のメイドである.
「このクッキーが焼けるのは,うちの家族だけですから.」
少年はおかしそうに,くすくすと笑い出す.
「え? ……ということは,」
混乱したままで,少女は問いかける.
それに,この人間臭さの感じられない少年の口から家族という言葉が出てくるとは思わなかった.
「サライさんは,ユウヒのお兄さんでマイカさんの息子さん,……ですか?」
マイカはユウヒの母親で,同じくメイドとして働いている.
身寄りの無い少女のことをいつも気にかけてくれる,優しい女性である.
「そうですよ.人が悪いな,母さんもユウヒも.」
少年は楽しげに笑うばかりだが,少女は赤面する心地だ.
「僕にもヤヨイにも,黙っているなんて.」
まさか少年の家族とは思わずに,請われるままに仕事の話を何度もしてしまった.
館長の少年は優しいだの,落ち着いていて同じ年頃に思えないだの,重い図鑑を軽々と持ち上げるから意外に力持ちかもしれないだの.
「わ,私,いっぱいサライさんの話をしてしまいました…….」
すると少年の瞳に,いたずらっぽい光が輝く.
その表情に,少女は妙に彼は同じ年頃の男の子なのだと実感した.
「どうりで.最近,ユウヒに『お兄ちゃんはじじむさい!』と言われるわけだ.」
「そんなこと言ってないですよ!」
とんでもない台詞に,少女は慌てて否定する.
すると,少年は初めて声を立てて笑った.
生身の少年の顔で…….