不思議と違和感を感じない.
少年は,隣国から届いたばかりの新書のリストを確認する少女の背中を見やった.
異なる世界から来たという少女は,まるでずっと昔からここに居たように空気に溶け込んでいる.
ずっと一人で働いていた少年に,まったく違和感を与えないほどに.
この少女が図書館に来てから,もう何日になるのだろうか.
最初の頃,着ていた異国風の服は,最近ではまったく着てこない.
ちゃんとしたこの国の服を着て,若い娘らしく髪飾りをしてくる日もある.
けれど,少女は赤い目をして図書館へとやってくるのだ.
突然,別れることになってしまった故郷の家族や友人たちを思っているのだろう.
夜は眠れないに違いない.
赤い目をして,なのにまったく弱音を吐いてくれない少女に,少年はかすかに胸がちくりとした.
「おはようございます,サライさん.」
ある日,少女は赤い目ではなく,甘い匂いをさせてやってきた.
一瞬,驚いて,しかし少年はすぐに驚きを笑みに隠す.
「おはようございます,お菓子の匂いですか?」
軽く訊ねてみると,少女は頬を染めてうつむいてしまった.
「は,はい,……あの,よかったら,休憩時間に……,」
すぐに口ごもってしまう少女,けれど少年にはなぜか好ましく感じられた.
「ならば,今日は僕がお茶を入れましょう.」
少女の言葉の続きは,一緒にお菓子を食べましょう.
包みの中に入っているのは,きっと少女が作ったものだ.
「いえ! お茶ぐらい私が淹れます!」
少女は慌てて首を振る.
仕事の合間にお茶を用意するのは,普段は少女の仕事だ.
「たまには僕が淹れますよ.」
いつも,暖かいお茶を淹れてもらっているのだから.
少年は弾むような軽い足取りで,仕事に向かう.
なんとなく,休憩時間が待ち遠しい.
さっさと仕事を終わらせようと考えていると,本棚の上から薄い小冊子が少年の頭の上に落ちてきた.
貴族の若い娘たちが好むような小説だ.
自分はこの手の本は読まないと冊子を本棚へ返すと,別の本棚からは分厚いハードカバーの本が落ちてくる.
本は音を立てずに床に軟着陸をする,そして風も無いのにぺらぺらとページがめくれた.
「僕は恋愛小説は読まないよ.」
少年は苦笑して,本を拾う.
「あぁ,そうか.……ヤヨイが読むかもしれないね.」
いかにも異国風の顔立ちをしているのだが,少女はこの国の言葉をしゃべれるし,文字も読める.
少女にはこの国の言葉はすべて,ニホンゴというものに聞こえるらしい.
「さぁ,ふざけるのは辞めて,お客様ご所望の本を探してくれないか?」
今日の仕事は,3件ある.
依頼人は,ツィーダ男爵夫人とカリーヌ伯爵とシン王子だ.
「夫人には,幼い子供に読み聞かせることのできる物語を……,」
少年はいつものように本に問いかける.
自分の背に少女の視線が注がれていることに,少年はまだ気づいていない…….