君に降る02


図書館という,時の止まったような空気が好きだ.
もともと人としゃべるのは得意ではない.
ただ静かにそこに居ることが許される,図書館は少女にとっての聖域だ.

わけが分からぬままに違う世界に飛ばされてきて,6日が経っていた.
少女は新しい暮らしに,少しずつ慣れてきた.
少女の保護者となってくれたカリーヌ伯爵は,大変面倒見の良い女貴族であった.
少女が一人立ちできるようになるまでは,と邸に住まわせてもらっている.

そして昼間は,この不思議な王立図書館で働いている.
「あれ?」
かすかに声を漏らして,少女は首をかしげた.
木梯子に登り,本棚の一番上の段に本を片そうとするのだが,なぜか本が入らないのだ.
棚いっぱいに,本が詰まっているわけではない.
なのになぜか,開いた空間に本が入らない.
「ヤヨイさん,」
下から声を掛けられて,少女は視線を下方へとやった.
「一つ下の段ですよ.」
重さを感じさせない羽のように,少年がにこりと微笑む.
少女が一つ下の段に本をやると,本は自ら進んで棚の中に収まった.
「ありがとうございます.」
本の返却場所を間違えていたのだ.
少女は真っ赤になって,礼を言う.

この世界でも地球でも,図書館の業務は変わらない.
図書を貸し出し,返却された図書を元の棚へ戻す.
ただ地球と異なり,本を借りる人間はほぼ貴族である.
彼らはたいていこのような本を読みたいと文を送り,そして館長である少年が本を選ぶ.
本は少年の意志に応え,私を連れて行ってほしいと呼ぶ.
パソコンで検索するよりもずっと素敵だと,少女は思った.

2,3日後にやってくる使いの者に本を渡せば,貸し出し作業は終了であり,ここの図書館は基本的に無人である.
少年と二人きり,本を整理したり,棚を拭いたりするのみだ.
「ヤヨイさん,今日はもう帰っていいですよ.」
上司である少年は,同じ年頃のようだが老成した印象を与える.
静かで落ち着いた語り口調は,決して乱れることは無い.
「え? まだお昼前ですが……?」
いつもなら夕刻までの仕事なのに,少女は戸惑って聞き返した.
「今日の午後は休館です,シロエの日なので.」
地球でいうところの土曜日や日曜日みたいなものなのだろうか.
少女は小さく「分かりました.」と答える.

ここでなら,なんとかやっていけるのかもしれない.
まったく見知らぬ世界,けれどこの場所には同じような安らぎがある.
司書室へと戻る少年の背中を,少女はひっそりと見送った.
本に愛されている少年,その少年の側でこまごまとした雑用を引き受けて.

突然の神隠しにあってしまった自分の不幸を嘆いたけれど…….
がんばって,ここで生きていこうと少女は密やかに決心するのだった.

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