艶やかな、鮮やかな一輪の薔薇。
僕の彼女はそのような存在だ。居るだけで、場を華やかにする。
薔薇には刺がある。
「あんたみたいなダサい男が、私と付き合えると思っているの!?」
僕は告白と同時に振られた。予測していたこととはいえ、僕は人並みにショックを受ける。なのになぜか、その日のうちに薔薇は再び僕の前に現れた。
「映画、観たいの。付き合って」
まだ授業が残っていると言う僕を、薔薇は強引に大学から連れ出した。映画館のシートに腰掛けて、僕は首を傾げる。僕は振られたのではなかったのか? 僕の隣で薔薇はスクリーンに夢中だ。
薔薇と僕は、お付き合いというものを始めた。
だが、薔薇は我がままだ。
「車で迎えに来て、電車に乗るのは嫌」
そして薔薇は、甘えるのがとてもうまい。
「新しい靴を買いたいから、荷物持ちして」
さらに、薔薇は気が変わりやすい。
「観覧車って、いざ乗ってみると退屈ね、……まだなの? てっぺんは」
振り回される僕は、薔薇の下僕その一に違いない。
花にミツバチが集まるのは、自然の摂理だ。
ある日、薔薇はミツバチの一人に誕生日プレゼントを贈られた。
「こんな高価なもの、受け取れないわよ!」
ブランドもののハンドバッグに、薔薇は血相を変える。薔薇は意外に貧乏性だ。
「もう辞めてよ、こうゆうことは!」
薔薇からの拒絶に、ミツバチは憤慨する。君のために買ったのに、君のためにバイトしたのに。
「迷惑よ! プレゼントなら、おめでとうっていう言葉だけでいい!」
薔薇は、はっきりとものを言う。ミツバチは捨て台詞を残して去った。君の気まぐれな我がままには、もう付き合いきれないと。
ミツバチの背中に、薔薇はせいせいしたと笑う。
「あいつ、しつこいから、すっごい嫌いだった!」
薔薇の言葉は容赦無い。
次の日、薔薇は僕をファッションビルの中のアクセサリー店に連れて行った。
「プレゼント、買って」
いつもの我がままだが、薔薇が値の張るものをねだるのは初めてだ。僕はショウケースの中を覗き込む。今日は薔薇の誕生日なので、僕の懐は暖かい。
「これが欲しいの」
薔薇が指し示したものは、小さな小さな花のピアス。控えめな耳飾りの値段は、さらに控えめだ。
僕は首を振った、買うのは断ると。
贈り物は値段で測るべきではないが、これではあまりにも安すぎる。もっと薔薇に似合うようなものは無いだろうか? 僕は指輪やネックレス、ブローチの方へ目をやる。
内心、昨日のミツバチへの対抗意識が無いとは言えない。安いプレゼントは、僕のプライドを傷つける。
色鮮やかなトパーズ、ルビー、サファイア……、僕は薔薇に欲しいものを訊ねようとした。
振り返ると、薔薇が見捨てられた子供のように不安そうな眼差しで僕を見つめている。
「私のこと、嫌になったの……?」
震える唇が紡ぐ。一人で凛と立つ薔薇が、言葉足らずの男のせいで泣いていた。
それは違うと、僕は薔薇に手を伸ばす。薔薇はびくんと震えて、僕から逃げる。ひらりと細い背中を見せて、人ごみの中へ。
――あぁ、そうだ。ちゃんと分かっている。
君が我がままを言うのも、振り回すのも僕だけだということを。
ビルの中、逃げる君の名を呼ぶ。
走って追いかけて腕の中に閉じ込めれば、手折られた薔薇は恥ずかしそうに笑うのだ。
参加企画の性質上,この小説は”オンライン小説”の書き方(作法)に則って記述してあります.
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