正しいデートにはほど遠い……?


このショートショートは「Cafe Fayerie」様の「キャラで雑談BBS」に投稿しました.
同掲示板前スレッドである『桃のタルト』の続編です.


王国一の魔法学校に在学する,17歳の少年少女.
身分平等を謳う学院では,王子と平民の少女が恋仲になっても特に不思議ではない.


成績はいい方だ.
それは,学院に入学したときから.

金の髪の少年は,真向かいの席に腰掛けている少女の顔をぼんやりと眺めた.
恋人となったばかりの少女は,メニュー表を食い入るように見つめている.
薄緑色の瞳は,うれしそうにきらきらと輝いている.
口元はうずうずとしていて,今にもメニュー表を食べそうな雰囲気だ.

「……サリナ,まだ決まらないのか?」
なぜ食事のメニューを選ぶだけで,こんなにも時間がかかるのだろうか?
少年の呆れたような問いかけに,少女は弾かれたように顔を上げた.
「ご,ごめん,王子! もうちょっと待って!」
そして少女はいったんうつむいてから,今度はそぉっと顔を上げる.
「あ,あのね,王子,」
もじもじと,上目づかいでお願いする.
「……いっぱい食べていい?」

「……別に,いいけど,」
少女のいっぱいなど,たかが知れている.
少年はそう考えて,簡単に了承した.
「それじゃぁね,」
軽く頬を赤らめて,少女は口を開いた.
「チョコレートバナナミニパフェと,秋のちょっとセンチなトリプルアイスと,完食必死バケツパフェと,雪景色パウダーワッフルと,シロップたっぷり糖度にご注意ホットケーキと,シックに決めてビターチョコレートケーキと,夢見る乙女の桃のタルトと,チーズおじさんお得意レアチーズケーキと,フルーツいっぱい素敵な恋のサンドイッチ!」

にこにこ笑顔の少女に,少年はしばし絶句する.
しかし,少年の成績はいい方だ.
「……分かった,サリナ.」
それは,学院に入学したときから.
「チョコレートバナナミニパフェと秋のちょっとセンチなトリプルアイスと完食必死バケツパフェと雪景色パウダーワッフルとシロップたっぷり糖度にご注意ホットケーキとシックに決めてビターチョコレートケーキと夢見る乙女の桃のタルトとチーズおじさんお得意レアチーズケーキとフルーツいっぱい素敵な恋のサンドイッチだな.」
「うん!」
満面の笑みで頷いた少女を確認してから,少年は店員を呼ぶ.
そう,少年は記憶力には自信有りだ.

注文を取りに来た眼鏡のウエイターは,少年からの注文にしばしフリーズする.
しかし,彼はプロだ.
「かしこまりました,お客さま.」
今日は女性客に水をかけるという失態を侵したが……,
「チョコレートバナナミニパフェがお一つ,秋のちょっとセンチなトリプルアイスがお一つ,完食必死バケツパフェがお一つ,雪景色パウダーワッフルがお一つ,シロップたっぷり糖度にご注意ホットケーキがお一つ,シックに決めてビターチョコレートケーキがお一つ,」
プロのプロたる所以は,この記憶力にある.
「夢見る乙女の桃のタルトがお一つ,チーズおじさんお得意レアチーズケーキがお一つ,フルーツいっぱい素敵な恋のサンドイッチがお一つ,」
眼鏡の奥の瞳が,きらっと光る.
「以上でよろしいでしょうか?」
言い終えた瞬間,彼のサービス業に従事する者としてのプライドが保たれた.

ウエイターの笑みに勝ち誇ったものがあることに,少年は目ざとく気づく.
そう,男たるもの,売られた喧嘩は買わなくてはならない.
「その通りだ,ウエイター.……注文は,」
……たとえ,それがどんなものであろうとも!
「チョコレートバナナミニパフェと秋のちょっとセンチなトリプルアイスと完食必死バケツパフェと雪景色パウダーワッフルとシロップたっぷり糖度にご注意ホットケーキとシックに決めてビターチョコレートケーキと夢見る乙女の桃のタルトとチーズおじさんお得意レアチーズケーキとフルーツいっぱい素敵な恋のサンドイッチだ!」
一気にまくし立てて,少年は荒く息をつく.

こうなると,ウエイターの方でも引いてはいられない.
ここで負ければ,プロとは何か? その存在意義が問われてしまうに違いない.
「すぐにお持ちしますね,お客さま.……ご注文は,」
これは男と男の真剣勝負,意地と意地とのぶつかり合い.
「チョコレートバナナミニパフェがお一つ秋のちょっとセンチなトリプルアイスがお一つ完食必死バケツパフェがお一つ雪景色パウダーワッフルがお一つシロップたっぷり糖度にご注意ホットケーキがお一つシックに決めてビターチョコレートケーキがお一つ夢見る乙女の桃のタルトがお一つチーズおじさんお得意レアチーズケーキがお一つフルーツいっぱい素敵な恋のサンドイッチがお一つですね!」
客である少年とウエイターである青年との間に,見えざる火花が散る.
同席の少女は,不思議そうに瞬きするのみで口を挟めない.
熱き血潮の男たちの戦いは,まだ始まったばかりだ!

静かな店内でぎゃーぎゃーと騒ぐ戦士たち.
「あいつは減棒だ……,」
ため息まじりのフロア責任者の声が,彼らの耳に届くことは無いのであった…….

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