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魔術学院マイナーデ

練習相手

「どうぞ,この卑しい身に,」
金の髪の少年はうやうやしく,少女の前に膝をつく.
「あなたの手を取る幸福を与えてください.」
少女の手を取り,甲に軽く口付ける.
少女からの返事が無いので,顔を上げると,
「だ,駄目だよぉ…….」
少女は真っ赤な,今にも泣き出しそうな顔をしていた.

「そんなことしたら,みんな『はい』って返事しちゃう…….」
二人きりのダンスフロアーで,サリナは頭を抱えてしゃがみこむ.
「ば,馬鹿! こんな恥ずかしいことを誰彼構わず,やるわけないだろ!?」
少年は真っ赤になって怒鳴り返した.
「本当?」
しゃがみこんだままで,涙に潤んだ瞳が問いかけてくる.
「あ,あぁ.」
心の中で自分たちの会話の内容に首をかしげながら,少年は約束した.

少年の名前はライゼリート・イースト・トーン・シグニア,ここシグニア王国の王子である.
歳は16歳,しかし1ヶ月もしないうちに17歳,つまり成人する.
少年はときどき,社交ダンスの練習のパートナーを少女に頼んでいるのだ.
今日も授業の終わった放課後に,少女とともに踊っていたのだが,
「ダンスって,どうやって申し込むの?」
少女の無邪気な問いかけに,少年はステップを踏む足を止めた.
「俺は申し込んだことは無い.」
少女は驚いたように,淡い緑の瞳を瞬かせる.
「え? でも2,3人とは踊ったことがあるって,」

「断り切れなかっただけだ.」
少年は不機嫌そうに答えて,ダンスを再開する.
遠慮がちに少女の腰に手を回すと,少女の長い髪の匂いが少年をくすぐった.
「……踊ったのは,綺麗な人たちだった?」
耳元で囁くように問われると,心がざわめく.
「……多分.」
化粧と宝飾品で飾り立てられた貴族の娘たち,一緒に踊ると少年にはよく分からない香水の香りがした.
「ふぅん…….」
しかもそのうちの一人は,ダンスの最中に少年をあからさまに誘惑してきた.
「二人っきりにならない?」
そのひそやかな声に,少年は嫌悪感から彼女を突き飛ばしてしまいそうになるのを必死に堪えた.

「ねぇ,もしもダンスを申し込むとしたら,どうやって申し込むの?」
少女は今度は不安そうに聞いてきた.
「俺は誰にも申し込む気は無い.」
きっぱりと言う.
「そう,なんだ…….」
なのに,少女は暗くうつむいてしまった.

王宮のきらびやかな舞踏会.
王子である少年は,何度も出席させられた.
けれど,少女は一度たりとも出席したことはない.
あんなものに出席しないで済むのなら,出席しないに越したことは無いのだが,……少女は舞踏会に出席したいのかもしれない.
貴族の娘のように美しく着飾って,王宮音楽隊の生演奏に合わせて踊ってみたいのかもしれない.
こんな学校の練習室の中ではなく,もっと晴れやかな舞台で…….

少年はそっと少女の体を離した.
少女の淡い緑色の瞳が「どうしたの?」と少年の顔を見上げてくる.
左右に縛られた髪はくせっ毛ではねていて,まったく化粧っ気の無い顔をしている.
金の髪の少年はうやうやしく,少女の前に膝をついた.
「どうぞ,この卑しい身に,」
少女のスカートの裾が,少年の目の前で揺れる.
戸惑う少女の手を捕まえて,
「あなたの手を取る幸福を与えてください.」
そっと口付ける,それは何よりも純粋で光輝くもの.

想いを告げることはできない.
けれど誓うことならできる,決してこの少女以外の女性の手は取らないと.

少女からの返事が無いので,顔を上げると,
「だ,駄目だよぉ…….」
少女は真っ赤な,今にも泣き出しそうな顔をしていた.
予想していなかった少女からの拒絶に,少年は眉をひそめる.

「そんなことしたら,みんな『はい』って返事しちゃう…….」
二人きりのダンスフロアーで,少女は頭を抱えてしゃがみこんだ.
「ば,馬鹿! こんな恥ずかしいことを誰彼構わず,やるわけないだろ!?」
少年は真っ赤になって怒鳴り返す.
まさか少女は,少年がすべての女性にあんな恥ずかしいことをすると思ったのか.
とんでもない誤解である.
「本当?」
しゃがみこんだままで,涙に潤んだ瞳が問いかけてくる.
少年を攻めるような色合いを帯びた声が,妙になまめかしく感じられた.
「あ,あぁ.」
いったい,何の約束をさせられているのだろうか.
心の中では自分たちの会話の内容に首をかしげながらも,少年は頷いた.
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