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魔術学院マイナーデ

ひっかかり

胸が,どくんと鳴る.
その,視線を感じるだけで…….

「サリナ,」
机の上から目を上げると,深緑の瞳が私を見つめていた.
図書室の大きな窓から差し込む夕日に,ライム王子の髪がきらきらと光っている.
「燃えるぞ,ノートが.」
まるで物語の中のワンシーンみた,
「え?」
とたんに,ぼぉと燃え上がる,
「きゃぁ!?」
さっきまで呪文を書き綴っていた私のノートが……!

「我が手に宿るは消滅の力!」
バン! と王子が手のひらで,机の上の炎を真上から叩きつける.
焦げ跡も何も残さず,小火はあっという間に消え失せた.
「あ,ありがとう……,」
すごい,王子.鮮やか…….
私は,ただ呆然とそれを見守るばかり.
「……ごめんなさい.」
本当は,私が消火しなくちゃいけなかったのに.

「サリナ,またあなたなの?」
カウンターから司書の先生が,呆れた顔でやって来る.
「呪文を扱うときは,もっと注意をしなさい.」
「すみません!」
ぺこぺこと,ひたすらに謝る.
しっかりしなくちゃ,また図書室出入り禁止処分を受けてしまう.

「最高学年になっても,あなたの魔法の制御能力は上がらないようね.」
やれやれと,先生はため息を吐く.
私の魔法は,全然上達しない.
なのに,魔力だけはどんどんと大きくなってゆくようで,……少し,怖い.
「ライム王子もいつもご苦労様.大変でしょう,この子のお守りは?」
うぅ,ごめんなさい,王子…….
「別にいいです.慣れていますので.」
そ,そんなぁ…….
ちらっと横目でライム王子の顔を盗み見ると,王子は至極真面目な顔で,……多分,今の台詞は私へのフォローだったみたい.

「馬鹿! 呪文を全部書いたのか!?」
先生が居なくなると,王子は隣の席に腰掛けてきた.
「ごめんなさい.……でも,ちゃんと一部だけ抜いて書いたのに.」
そう,魔力が強いだけで制御能力の無い私は,呪文を書いたら必ず魔法が発動してしまうのだ.
だから授業のノートを取るときも,課題を提出するときも,呪文は歯抜けの状態で書く.
「ったく,見せてみろよ.」
ぐいっと近寄られると,胸がどきどきとうるさく鳴り出す.

好きだから.
ライム王子のことが好きだから.
「サリナ,これは3層の階層呪文だろ?」
「うん…….」
ときどき,愛人でも側室でもいいから,ずっと側に居させてほしいと願う自分がいる.
「なら,ひとつひとつの呪文から一部ずつを抜かないと,……聞いているのか?」
澄んだ深緑の瞳に覗き込まれて,どきっとする.
「そ,そうだね.」
魔法があるのならば試してみたい,このまま学院を卒業せずにいられる魔法.

王子は呆れたように,ため息を吐いた.
「……ちゃんと勉強をしろよ.」
「ごめんなさい…….」
しゅんとうつむいて,ペンを手に取る.
王子は,……女の人に興味が無いのかな.
私,……私なんかでよかったら,いくらでも,
「サリナ!」
はっと顔を上げると,王子の怒った顔がそばにあった.
「真面目にやれ,……教えてやるから.」
顔が熱い,胸が締め付けられるように苦しい.
「ありがとう.」
照れ隠しか,王子がふいっと視線を逸らす.

分かっている,ライム王子は優しい.
女の人を囲うなんて,考えもつかない人だから,
「夕の寂しさに耐えぬ露,ここまでが1層目の呪文だろ? それで,」
卒業式には「今までありがとう.」と笑って,さよならを言うね…….
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