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魔術学院マイナーデ

恋愛小説

「こ,こんなところで終わりなの!?」
友人の部屋,とはいっても使用人部屋だが,でサリナは叫んだ.
王都で,はやっているらしい恋愛小説である.
「嘘でしょ〜,思いっきりすれ違っているよ,誤解しちゃっているよ,」
「サリナ,うるさい.」
サリナに本を貸してくれた,ミリアが呆れた目をして言う.
ミリアは7年生の女生徒の付き人として,マイナーデ学院に居る少女である.

8年生であるサリナと同じ17歳であり,何かと気の合う友人だったりする.
「だってぇ,続きが気になるよぉ.」
じれったい主人公たちの恋に,我が事のようにじたばたしてしまう.
「続きは,ウーレ様が読み終わってから.」
ウーレというのが,ミリアの主人だ.

ウーレは上級貴族の娘だが,あまりえらぶったところが無く気さくな性格をしているらしい.
だから自分が読み終わった小説や,子供っぽくなってしまったアクセサリーなどを気軽に使用人たちに貸してくれるのだが……,
「正直,物乞いみたいで嫌なのよね.貧乏人って馬鹿にされているみたい.」
ミリアはあまり主人のことが好きではないらしい.
しかしそれはそれ,これはこれである.
なんだかんだいって,娯楽である恋愛小説を貸してくれるのはありがたい.

「早くウーレ,読み終わらないかなぁ.」
ミリアのベッドに腰掛けて,サリナは子供っぽく足をぶらぶらとさせた.
昔に比べ,本の値段は格段に安くはなったのだが,平民が気軽に買えるような値段ではない.
「ねぇ,サリナ.そんなことよりもさ,」
するとミリアが隣に腰掛けてくる.
彼女にとっては,絵空事の恋愛よりも隣人の恋模様の方が気になる.
「ライゼリート殿下とどうなっているの?」
「え!?」
ミリアの問いかけに,サリナの顔が一気に赤くなった.

「ウーレ様がいつも,王子は平民の女とばかりいるって文句言っているし,いい線いっているんでしょう?」
「い,いい線って!?」
ぐいぐいとせまってくるミリアに,サリナはたじたじになる.
「いい線も何も,……私,そんな身分不相当なことは,」
「奴隷解放宣言もなされて,今は平等な世の中でしょ.」
実はサリナは知らないが,平民なのにマイナーデ学院の生徒であるサリナは,使用人たちの希望の星である.

ぜひともここはがんばって,王子のハートをゲットして頂かなければ……!
「あと1年も一緒に居られないんだよ.後悔しないように今のうちにがんばりなさいよ!」
幸いにして,王子の方でもまんざらではないという噂も聞く.
ならば,未来の王子妃は貴族よりも平民の方がいいに決まっている!
「無理だよぉ…….」
「いっそのこと,既成事実でも作る?」
いきなり制服のブラウスのボタンをはずしだすミリアに,サリナはぎょっとした.
「き,既成って,何を言って……,」
ミリアに外されたボタンを,外されたはしからサリナは止め直す.

「お優しい方なんでしょ,責任を取ってくれるんじゃないの.」
サリナの顔が,これ以上はない程に真っ赤に染まった.
「やだ,サリナって結構着やせするタイプ?」
「ミ,ミリアの馬鹿ぁ!」
ベッドに押し倒されて,サリナは叫ぶ.
「そんなことしたら,いくらライム王子でも怒るよ!」

するとミリアの動きがぴたっと止まった.
しかしすぐに首をかしげて,
「怒る,かなぁ? むしろ喜んで手を出すんじゃない?」
なぜか金の髪の少年のことを馬鹿にされたような気がして,サリナはむっとして言い返した.
「ライム王子はそんなことはしないもん!」
想い人の少年に対して夢を持っているらしいサリナに,ミリアは呆れる.
「あのねぇ,サリナ.男なんてそんなものよ.」
物語の中のヒーローのように,お美しい男など居るはずがない.
「お,王子は違うもん!」
と,少女の身のうちから混沌とした魔力が溢れ出す.
「サリナ,落ち着いて!」
ミリアがいじめすぎたと後悔しても,もう遅い.
「王子はぜ〜ったいに違うんだからぁ!」
ぱぁんと何かが破裂するような音がして,ミリアとサリナは世界を跳んだ!

「きゃぁああ!?」
「やぁ,いたぁい!」
ライムが自室で勉強していると,いきなり少女たちの悲鳴が聞こえてきた.
少年の周りで,このような突発的な事態を引き起こす人物は兄ともう一人の少女しか居ない.
振り返ると案の定,サリナと見知らぬ少女が床に転がっていた.
「何をやっているんだ,サリナ.」
明らかに転移魔法の失敗である.
サリナと見知らぬ少女は真っ赤になって,立ち上がった.

「申し訳ございません,ライゼリート殿下! それでは失礼します!」
見知らぬ少女の方は,一気にまくし立てて部屋から出てゆく.
「わ,私も,……ごめんね,王子.バイバイ!」
同じくサリナも出てゆこうとするのだが,少女のはだけた胸元に少年はぎょっとした.
「馬鹿,そんな格好で出てゆくな!」
少女を止めようと,少年は少女の細い手首を掴む.
「何を考えているんだよ,ここは男子寄宿舎なのに!」

「ミ,ミリア,助けて!」
少年に手を引かれ,サリナはずるずると寝室の方へと連れてゆかれる.
サリナの頭の中では,既成事実と責任という単語が手を繋いで踊っていた.
強引に連れ攫われてゆくサリナに,ミリアは目を丸くする.
しかし,
「大丈夫だよ,サリナ.お幸せに!」
手を振り振り,友人を見捨てて部屋から立ち去る.
「嘘ぉ!? ミリアの薄情者!」
抵抗もむなしく,サリナは無理矢理に寝室に押し込められた.

居間と同じく整理整頓の行き渡っている寝室,大きなベッドにサリナはかちんこちんに固まる.
脳裏にはさきほど読んだばかりの恋愛小説のワンシーンが浮かぶ.
「好きだよ,サリナ.」熱く見つめてくる,金の髪の少年の眼差し.
そうして二人は手を重ね合わせて,同じベッドで夜を過ご,
「サリナ!」
「あああああ! わ,私,胸ちっちゃいけど,がっかりしないでぇ!」
いきなり,少女は少年に服を投げつけられた.
「……へ?」
見ると,ライムの上着である.

「さっさと服を着ろ!」
タンスの側で,金の髪の少年が赤い顔で怒鳴りたてる.
「き,着ろって……,」
自分の勘違いに気付いて,少女も真っ赤になる.
つまり少年は少女の服を脱がすためではなく,少女に服を着せるために寝室に連れてきたのだ.
「私って魅力無い!?」
大ショックである.
「わけのわからないことを言ってないで,服を着ろ!」
「む,胸が,無いから……,」
少女は脱力したように座り込んだ.
「どうでもいいから,服を着てくれ!」
「ど,どうでもいい…….」
さらに追い討ちをかける少年の言葉に,少女はもう立ち上がれない.
「とにかく,服を着てくれ〜〜〜〜〜!」
やせ我慢の限界まで達した少年の声が,むなしく少女の頭上を通り過ぎていくのであった…….
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