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魔術学院マイナーデ

憧憬

ライムが本棚から分厚い魔術書を持って机に戻ると,薄茶色の髪の少女は椅子にもたれて眠っていた.
放課後の図書室の中で,金の髪の少年はため息を吐く.
自分から一緒に宿題をしようと誘ってきたくせに,少女は最初からおしゃべりばかりで仕舞いには一人でお眠りだ.

「……勝手だなぁ.」
つい3ヶ月前にマイナーデ学院に入学してからというもの,少年は周囲の勝手な人々に振り回されてばかりだった.
まず第一に,6年生に所属している兄のイスカ.
この兄ときたら初対面から少年のことを妹扱いし,つい昨日など髪に真っ赤なリボンをつけられるところだった.
そして第二に,護衛となったスーズ.
このスーズはライムの従者のはずなのだが,リボンに抵抗する少年を助けるどころか,
「とっても,かわいらしいですよ.殿下.」
と,にこにこと笑っているだけだった.

「起きてよ,サリナ.」
少年がゆすっても,少女は目を覚まさない.
「宿題は,明日までだろ.」
輝ける第三位は,このクラスメイトだろうか.
王族というものがよほど珍しいのか,ときどき珍獣のような扱いを受ける.
「王子様だから,ライム王子は金髪なんだね!」
と意味の分からないことを,満面の笑みで言われたこともある.

「王子様だから,キスしたことが無いの?」
不意に少女の言葉を思い出して,少年はぎくりと顔をこわばらせた.
しかし次の瞬間には,妙な負けん気が湧き出してくる.
僕だって……,
少女の両肩を強く掴み,唇に唇を寄せようとする.
すると,
ごつん!
「い,った〜.」
頭と頭がぶつかって,少女が目を覚ました.

「何? ライム王子?」
涙目で額をさすりながら,少女は少年を見つめ返す.
急に,少年は自分の行いが恥ずかしくなった.
「……どうしたの? 顔が赤いよ.」
キスなんて,少女に不意打ちでされたこともあるし,その後で,祖母にもされたのに.

「しゅ,宿題をしなくていいの?」
悩んだ末に,少年は違うことを言った.
しかし効果があったらしく,少女は「あーーーーー!」と叫ぶ.
「どうしよう,明日までだよね!?」
今更ながら,あわあわと慌てる少女のノートは真っ白である.
「王子! 写させて!」
「やだ.」
すぐさま少年を頼る少女に対して,少年は即答した.

「そんなぁ,けちぃ.」
ひどい言い草である,なのに罪悪感がちくちくと少年を刺す.
「……今回だけだよ.」
なんだかんだ言いつつも,少女のわがままな要求をのんでしまう.
「やったぁ! ありがとう,王子!」
がばっと抱きつかれて,少年は真っ赤になった.
「は,離してよ!」
するとすぐに,少女は少年から離れる.
「うん,分かった.王子は王子だもんね!」
相変わらず,意味の分からない理屈である.

せっせと自分のノートを写し出す少女の横顔を眺めて,少年は「離して.」と言うのじゃなかったと妙な心持ちで思い悩むのであった.
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