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魔術学院マイナーデ

魔術学院01

「とにかく,これは国王陛下じきじきのご命令だ.」
言い争う声を聞きながら,アデルはそっとドアから離れた.
「ライゼリート,君は渡された書状の内容を知らずに持ってきたのかい?」
行きと違い,帰りはまっすぐに客室へ足を向ける.
取り繕う余裕など,今の少年には無い.
「兄貴は,俺には何も言わなかった…….」
悔しげなライゼリートの声を最後に耳にして,アデルは廊下の角を曲がる.
少年自身は冷静なつもりだったが,実際には焦りだけが少年の心を支配している.
少ない手勢で敵国の奥深くまで侵入して,自分では自覚できない不安や恐れがあったのだろう.
ライゼリートらの会話は,それらを的確に突いたのだ.

書斎では,金の髪の少年と老人が言い争いを続けている.
しかしアデルが居なくなった途端,陽炎のようにふっと二人の姿は消える.
コウスイによる幻術魔法,これが国王から依頼された罠であった.

「かかったな.」
寄宿舎の部屋の中で,学院長コウスイは「してやったり.」とほくそえむ.
彼と孫の偽りの会話を,アデル王子かエイダ王女かは分からないが,双子のうちのどちらかが聞いたのだ.
「ダグラス教官,トゥール教官,」
同じ部屋のソファーに腰掛けている二人の中年男性に呼びかける.
「アデル王子とエイダ王女の捕縛をお願いします.」
老人の命令に,心得顔で部下たちは立ち上がった.
「ライムが彼らの逃亡を手引きするという策は無くなったので,手抜かりのあるように.」
「了解! 手抜かりは私の得意技です!」
ダグラスの茶目っ気のありすぎる返答に,トゥールは呆れた顔をしてみせる.
「頼みましたよ.」
いたずら小僧の顔で,老人は微笑んだ.

アデルたちを捕まえる振りをして,取り逃がす.
これこそがイスカの立てた作戦だった.
もちろん,戦争などするつもりは無いし,国境の山を越えるつもりも無い.
学院の生徒たちが居ないのは,アデルたちから身を守るためであって出兵のためではない.
すべてが,嘘だ.
信じられないような嘘だが,実際に捕り物劇を演じることで信じさせる.
猛獣用の檻を引いた馬車も,これ見よがしに用意してあった.

部屋に戻ると,アデルはすぐに姉のエイダに事情を説明した.
しかし,
「そんな話,信じられないわ.」
エイダは,少年を話を真っ向から否定した.
「魔法で国境を越えるなんて,できるわけないでしょ.いくら魔術大国だからって…….」
女装を解きながら,アデルは姉に向かって反論する.
「国境越えの魔法が成功するかどうかは大した問題じゃないんだ,エイダ.」
アデルの命令を待たずに,部下たちが撤収の準備を始める.
「問題は,シグニア王国が戦争を始めようとしていることと,そして僕たちが人質であることだ.」

「すぐに逃げよう.」
黒髪の少年は,腰に二本の剣を刺した.
鎧こそ着ていないが,出来うる限りの臨戦態勢を整える.
気づかずに,用意された舞台の上で予想通りのダンスを踊っている.
「ア,アデル殿下……,」
そのとき,一人の従者が遠慮がちに二人の間に入ってきた.
「あの,恐れ入ります,……マイナーデ学院の教師と名乗るお方々が面会を,」
「僕一人で応対する.」
最後まで言わせずに,少年は断を下す.
立ち聞きしていたのがばれたのだ,と思った.
「お前たちは,エイダを連れて逃げるんだ.」
「待ってよ,アデル!」
ドアへと向かおうとするところを,姉に引き止められる.

「先に学院から出るんだ,僕は後で追いかける.」
「でも……,」
まだ何か言いたげな姉に,少年は柔らかく微笑んで見せた.
「僕一人ならどうとでもなる.それにエイダの居場所なら,どれだけ離れていても分かるから.」
それは,近すぎる血のなせる業.
家族ならば,父も母も他の兄弟も居る.
しかし,本当の家族はたった二人だけだ.
「もしも可能ならば,魔法書の一冊でも盗んで出てゆく.」
少年の黒の瞳に,暗い光が宿る.
手ぶらで祖国へ帰ることを,父王はきっと歓迎しないであろうから…….

「だから心配せずに,」
「逃がしませんよ,西ハンザ王国王子殿下.」
唐突に背に掛けられた声に,少年は振り返る.
開いたドアのそばに,見知らぬ男が二人.
双子の姉が,息を飲む音.
少年は叫んだ!
「窓から逃げろ!」
「超越,絶対,君臨,其は魔導の三角,」
アデルの命令と,侵入者の男による呪文はほぼ同時.
「炎の輪よ,小さき者たちを捕らえよ!」
外に面している窓が燃え上がる.
そこから飛び出そうとしていたエイダは,悲鳴を上げて飛びずさった.

「聖なる檻に包まれる罪の,」
逃げる王女を捕まえるべく,魔術師の男は呪文を続ける.
しかし言葉途中に体を折り曲げて,倒れこむ.
目にも留まらぬ速さで,黒髪の少年が彼の腹へ拳を叩き込んだのだ.
「体術かぁ,やるねぇ!」
同じく侵入者の男が,緊張感無く口笛を吹く.
「姉は追わせません.」
黒髪の少年は,双剣をすらりと抜く.
シグニア王国ではほとんどお目にかかれない,少年の構えは二刀流である.

「お手合わせ願いますよ,アデル殿下.」
男の方でも剣を抜く.
魔術師が帯剣しているとは思わなかった少年は,意外な展開に軽く目を見張る.
「あぁ,俺は特別なんです.」
男,ダグラスは,にっと口の端を上げる.
エイダ王女が従者たちとともに焦げた窓から逃げるのを,横目で見ながら,
「我が名はダグラス・アーク.アークの末裔,三つの誓いを守る者.」
男の口上とともに,剣が意思のある風を纏う.
「魔術学院マイナーデの教員にして,……多分,学生からの人気が一番高い.」
黒髪の少年は,今度こそ本気で驚いた顔になる.
西ハンザ王国では話に聞いたことしかない,男は魔法剣の使い手だ.

「ちなみに担当教科は特殊魔方陣!」
ダグラスからの第一撃に,少年はそのまま後方へ吹き飛ばされた!
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