戻る | 続き | もくじ

魔術学院マイナーデ

招かれざる客人たち04

翌日,アデルがシグニア王国国王への手紙をコウスイに手渡すと,
「お二方が当学院に入学できるように,私からも一言添えさせていただきます.」
コウスイはなぜか,にこやかな笑顔でそう言った.
「……ありがとうございます.」
学院長の態度の急変に,王子は戸惑う.
しかし次の瞬間には,慎重に笑みを形作った.
「期待させていただきます,学院長殿.」
シグニア王国内の状況が変わったのだろうか.
王宮から帰ってきたライゼリートが,何がしかの情報を持って帰ったのかもしれない.

アデルは完璧な礼儀を守り,コウスイの書斎から退出する.
すると廊下では,金の髪の少年が彼を待っていた.
「入学は,できません.」
深い緑の瞳が,アデルをまっすぐに見つめてくる.
「じ,……祖父がなんと言ったのか存じませんが,入学はできません.」
アデルには,ライムの発言の真意が測りかねた.
軽く眉を上げて,言い返す.
「それを決めるのは,あなたではなく学院長殿でしょう.」
ライムは不機嫌な顔で,はいともいいえとも答えない.
昨日はライムとコウスイは協力してアデルとの舌戦を制したのに,今日はまったく逆のことを口にする.
何かのきっかけで,二人の意見は対立したのかもしれない.

「姉の手紙を読んでいただけましたか?」
さりなげなく歩を進め,アデルは会話の切り口を変えた.
「……彼女の気持ちは嬉しいのですが,」
ついてゆきながら,ライムはお決まりの台詞をしゃべる.
「姉との結婚は,あなたにとって有利ではありませんか?」
「は?」
ふいに金の髪の少年の仮面が,ぽろっと外れる.
結婚に有利だの不利だの言うアデルに,アデルと同じ王族であるはずの少年は驚いたのだ.

沈黙という微妙な間が空く.
ライムはすぐに仮面を被りなおした.
「申し訳ございませんが,辞退させていただきます.」
しかしそのしぐさが,アデルには子供っぽい,いや年相応のものに見えた.
「私にはすでに,……心に決めた女性が,居るので……,」
取り澄ました顔を作るのだが,声には隠し切れない照れがにじみ出ている.

このアデルの後ろをついて歩く少年は,真実愛し合う女性と人生を共にするのかもしれない.
「……貴国は一夫多妻制ではありませんでしたか?」
アデルは意識して,馬鹿にするように口をゆがめた.
なぜか,自分がひどく惨めな存在に思えたのだ.
「俺,私はそのような不誠実なことをするつもりはありません.」
言い慣れないことを言っているせいか,少年の頬がかすかに赤く染まる.

……ならば,その不誠実なことをやってもらおうではないか.
姉の待つ客室までたどり着くと,アデルは笑顔を作って振り返った.
「お茶を飲んでいかれませんか?」
欲しいのは,魔術大国シグニアの知識.
「結婚のことはひとまず置いといて,……政治的なことも忘れて,」
学院長コウスイの孫であり,強大な魔力を持つ王族の一員でもある.
魔術学院の優秀な生徒であり,ティリア王国侵攻を食い止めた戦争の英雄でもある.
「友人として,お話しませんか?」
欲しいのは,この輝く金の髪を持つ少年だ.

「ライム,大丈夫かなぁ……?」
教室の中で自分の声が思った以上に響いて,サリナは少しどきりとした.
「大丈夫だと思いますよ,……むしろサリナの卒業の方が心配ですね.」
真正面の教壇の上から,すぐさま返事が返ってくる.
「おぉ!? ひどい言われ様だな! 言い返さなくていいのか?」
と思うと,真横からも笑い混じりの野太い声をかけられる.
彼らは,マイナーデ学院の教師たちである.

一人でも生徒が居るのならば授業をしなくてはならないと,彼らは律儀にもサリナを部屋まで迎えに来たのだ.
「お忙しいのでは……?」と少女は遠慮したが,差し出された成績表を見て絶句する.
ただでさえ,少女は成績が悪い.
なのにユーリに誘拐され,戦場まで出張った結果,少女は隔月にある学院の試験を一回さぼってしまった.
よって,卒業にぎりぎり足るはずだった成績が一気に落ちてしまったのだ.

もちろん試験に出なかったのはライムも同様であるが,首位を独走状態の少年にとっては瑣末なことである.
あえて言うのならば,主席卒業が難しくなった程度だ.
しかし少女にとっては一大事だ.
最後の卒業試験で高得点を取らなければ,卒業単位がもらえなくなる.
「いやぁ,教師3人に対して生徒1人! 理想の教育環境だな!」
特殊魔方陣の教官ダグラスが,少女の背中をばしばしと叩く.
すると呪文を書き綴っていた少女は,ペン先を折ってしまう.
「こら,ものは大切にしなさい.」
少女のせいで折れたのでは無いのに,ダグラスの逆隣に腰掛けている感応魔術の教官トゥールに叱られる.
「ちょうどいい,復元魔法で直しなさい.サリナ,精密部品を復元するにあたっての注意事項は?」
畳み掛けるように,真正面に立っている回復魔法の教官ラティンが問いを出す.

「えぇっと……,」
ずっと一緒に居よう.
卒業したら,サリナの村へ一緒に帰ろう.
「修復箇所の内部構造を,……知っていることと,」
まさか,こんな間抜けなことで少年との誓いを破るわけにはいかない.
「……物質の,……えっとぉ,」
冷や汗をだらだらと流しながら,少女は必死に教本の内容を思い出そうとした.

アデル王子が去った後の書斎で,コウスイは1人,幻術魔法の準備をしていた.
この仕掛けがうまくいけば,アデル王子は自らの意思でこの学院を逃げ出すだろう.
それこそ,一目散に.
「まったく,昔から悪知恵ばかりがよく働く.」
国王となったばかりの青年に対して,言葉だけで悪態をつく.
少年だった彼を何度,説教のために学院長室へと呼び出したのか分からない.
「まったく,な.」
一瞬,老人の目に遠い過去を懐かしむ光が宿った…….
戻る | 続き | もくじ
Copyright (c) 2005-2007 Mayuri_Senyoshi All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-