戻る | 続き | もくじ

魔術学院マイナーデ

出陣01

王都シーマリーの外門は,日中は常に開かれている.
真昼の明るい日差しを浴びて,さまざまな人々が門を出入りをしている.
商人から騎士,農作物を売りに来た王都近郊の農民まで.
その人々の中,特に目立つ金の髪の少年が居た.
裸馬に乗った,泥だらけの少年だ.
特に背中が泥にまみれており,旅の途中で落馬してしまったに違いない.
本来ならばさぞ美しいであろう金の髪はぼさぼさで,頬に擦り傷をこさえていた.

「……ついた.」
王都の外門を前に,ライムは身軽に馬から降りる.
少年は5日間ほぼ不眠不休で走りつづけて,やっと王都へたどり着いたのだ.
途中何度も馬を走らせつつ眠ってしまい,2度ほど馬から落ちてしまったのだが…….
「無理をさせて,すまなかった.」
昨日,街で買ったばかりの馬の首に抱きついて,
「今までありがとう.」
少年は感謝の意を示した.

そして馬の尻を叩き,逃してやる.
素直に「ありがとう.」と感謝すること,それを少年に教えてくれたのは一人の少女だ.
人ごみを掻き分けて,少年は王都の中心に聳え立つ王城へと走り出す.
ここに居る,きっとサリナはここに居る.
思い違いかもしれない,うぬぼれかもしれない,……けれど少女の存在を感じるのだ.

城の門兵は,泥だらけの少年に心底驚いたようだ.
慌てて止めようとして,しかし少年の正体がライゼリート王子であることに気づいて道を譲る.
少年はそのままの速度で,城門を駆け抜けた.
城に入ると,驚く周囲には構わずにまっすぐに国王の執務室を目指す.

「……殿下?」
「ライゼリート殿下,どこへ?」
王宮に勤める者たちが遠慮がちに声をかけても,少年は止まらない.
ぴかぴかに磨かれた床の上を,汚れきった靴で駆けてゆく.
「こらっ!」
と,いきなり少年は首根っこを捕まれた.

「ひでぇ格好だな,ライム.」
振り返ると,赤毛の大男が少年を捕らえている.
「イスカ兄貴,サリナを探してくれ!」
少年はすぐさま兄に向かって頼んだ.
すると兄は軽く眉をひそめて,
「サリナならこっちに居る.」
驚く少年を促した.

「ライム,昨日,都で大火事があってな,」
青年は昨日の出来事を,順を追って説明しようとした.
「サリナはどこなんだ? 無事なのか?」
しかし少年はせっかちに問いを重ねる.
そして少女の居場所を聞き出すと,再びばたばたと走り出した.
「……ったく,」
金の髪の少年の後を,青年は小走りに追いかける.
この調子では,都の西の一角の派手な焼け跡にも気づいていないのだろう.

「サリナ!」
ガンっと乱暴に部屋,……幻獣の儀式のときに少女が滞在していた部屋の扉を開く.
そこに,薄茶色の髪の少女は居た.
まるで病人のように,部屋の奥に置いてあるベッドに腰掛けて…….
「よかった……,」
少女の側に駆けより,しかしびくっと少年は足を止める.

少女の淡い緑の瞳は,何も映していなかった.
ベッドの上で,ぴくりとも動かずに座している.
「……サリナ?」
少年の目の前に居るのは,少女ではなく少女の抜け殻.
「じょ,……な,嘘,だろ……,」
少年は震える足で,少女の方へと進みでる.
少女の凍りついた表情はまったく動かない.
突然の少年の登場に,驚くでも喜ぶでもない.

「魔力を暴走させたんだ.」
背中を打つ兄の厳しい声に,少年は真っ青な顔で振り向いた.
「囚われた部屋から無理に抜け出そうとして…….」
青年は同情に満ちた眼差しで,血の繋がらない弟の顔を見た.
少年の母親と同じ道を辿った少女,少年の大切な恋人…….
「説明をするから,落ち着いて聞いてくれ.」

王城の廊下を二人歩きながら,イスカはやっとライムに昨日のことを伝えることができた.
幻獣が暴れたこと,街が燃えたこと,そして焼けた屋敷の中にサリナが居たこと.
「幸いにも死者は出ていないが,重軽傷者は合わせて245名だ.」
煙に巻かれて屋敷から逃げ遅れたものが居なかったことが,不幸中の幸いであった.
これが魔法によらない普通の火事ならば,もっと多くの死傷者が出たであろう.
また人ごみによる負傷者も,この数字には含まれている.

そしてイスカはある部屋の前まで来て,足を止めた.
少し迷ってから,弟に訊ねる.
「ユーリに,……会うか?」
この事件の発端となった少年は,王城の一室に軟禁している.
牢屋に入れてもいいところだが,彼はまだ子供であり,また貴族でもあるのだ.
金の髪の少年の顔がぎくりとこわばり,怒りのためか体が小刻みに震えだす.
少年はさっと兄から顔をそむけた.
「……会う.」
かすれた声で,言葉を押し出すように返事をした.

少女が魔力を暴走させたのは,ユーリが少女を閉じ込め,何か無理強いをしたからだ.
少女は魔力に飲み込まれる瞬間に,自分の名を呼んだのだろうか.
呼んだに決まっている…….
少年は口惜しそうに歯噛みして,ドアを開く.
マイナーデ学院で少女がいつも頼ってくるのを,少年は口では嫌だといいながら容認してきたのだから.

ドアの開く音に,窓から外を眺めていた黒髪の少年が振り返った.
「お,王子……,」
こわばる顔,逃げようとあとづさる足.
その瞬間,ライムの視界は真っ赤に染まる.
大またで近寄り,自分から少女を奪った少年の胸倉を掴む.
ふいと気まずげに逸らす視線に,金の髪の少年は何か口汚く罵ろうとしたが,怒りのあまり言葉が出なかった.

ライムがむなしく口を開閉させていると,
「お,王子だって,……俺と同じ立場だったら,」
視線を逸らしたまま,苦しげにユーリはうめいた.
「同じことをしたは,うわっ!?」
乱暴に突き飛ばされて,黒髪の少年はどすんとしりもちをつく.
「おっ,俺はこんな卑怯なことはしない!」
顔を真っ赤にさせて,ライムは怒鳴った.

「ずっとサリナを独占してきたくせに!」
黒髪の少年がきっと言い返す.
「俺が,俺たちが身分のことを考えて,側に寄れな,」
「そんなものにこだわる方が悪いんだろ!?」
ライムも負けじと怒鳴り返す.
学年が上がるとともに自分から離れてゆく友人たちに,
「サリナがどれだけつらい思いをしたと,」
「王子であるお前みたいに,好き勝手な行動ができるわけないじゃないか!?」
「ふざけんな!」
床に座りこむユーリの胸倉を再び掴んで,
「お前だって本心では自分だけのものにしたい,どこかに閉じ込めたいって,」
こぶしを振り上げると,ライムは兄のイスカに腕を捕まれた.

「ユーリ,お前が何を思っていても,」
青年のこげ茶色の瞳が,ひたと黒髪の少年を見つめる.
「実際にお前がやったことは,誘拐,監禁,そして未遂だったが結婚偽造だ.」
容赦の無い青年の台詞に,少年は情けなさそうに瞳を潤ませる.
まるでユーリの方が被害者であるかのようだ.
「昨日の大火の責任者はお前とイリーナだ,そのことを忘れるな!」
戻る | 続き | もくじ
Copyright (c) 2005-2006 Mayuri_Senyoshi All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-