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魔術学院マイナーデ

狂気の魔女03

金の髪の少年に対してぜひともお礼をしたいという街の住民たちの声を押しきって,少年たちはそうそうに街を立ち去った.
大げさなことをされるのは少年は苦手だったし,それに赤札を張り娘をさらうという迷惑な魔女のことについて3人で相談したかったからだ.

「じじいにどうにかしてもらおう.」
金の髪の少年はあっさりと結論を出した.
マイナーデ学院学院長であるコウスイは,イースト家の一員である.
イースト家の中では余り発言権は無いらしいが,十分に頼りにしていい存在であった.
「では私は学院に戻って,学院長様にことの次第を伝えます.」
この距離だと手紙を出すよりも,自分で旅をする方が早い.
「あぁ,任せた.」
そしてスーズとライムはすばやく旅の荷物を二分する.
水や食料や寝袋等をバッグの中から取り出し,入れ替えるのだ.
「すぐに追いかけますので,サリナと一緒に先に進んでいてください.」
青年の台詞に,荷物をまとめていた少年の手がぴたっと止まった.

「え?」
少年は顔を引きつらせて,付き人である青年の顔を見る.
「あまり喧嘩をなさらないでくださいね.」
あからさまに動揺する少年に対して,青年はにっこりと微笑んだ.
「怒ってばかりいると,そのうち嫌われてしまいますよ.」
「うるさい!」
少年は真っ赤になって怒鳴ったが,まったく効果は無い.
「それでは,私は戻りますから.」
青年は自分一人分の荷を背負って,手を振りながら,もと来た道へと引き返してしまった.

少年と青年のやり取りの意味が分からずに,少女がぼんやりと青年を見送っていると,
「サリナ,行くぞ.」
少年は,さっさと歩き出す.
「あ,待ってよ,王子!」
少女は二人分の荷物を担ぐ少年の背を,慌てて追いかける.
「荷物,持つよ!」
すると少年は無言で,小さい方の荷を少女に渡した.

そしてそのまま少年は,太陽が沈み,少しずつ暗くなる森の中を無言で歩き続ける.
しばらく歩いたところで,少女は沈黙に耐えられなくなってきた.
いつもは薄水色の髪の優しい青年が,おしゃべりの相手をしてくれるのだが……,
「王子,あのさぁ,」
不機嫌そうに振り向かない背中に,少女は思わずむっとしてしまう.
脳裏には,呪いをライムによって丁寧に解いてもらった娘のうっとりとした横顔が浮かぶ.

呪いの解き方が,私のときと大違いじゃない!?
「私たちって,……恋人だよね?」
「はぁ?」
少女の突拍子もない台詞に,少年はぎょっとして振り向いた.
「何の話だ?」
深緑の瞳をぱちぱちとさせる少年を,少女はむぅとねめつけた.
「恋人なら,もっと恋人らしいことをしてほしい.」
途端に少年の顔が赤くなる.

「な,な,何を言って,」
二人きりで過ごさなくてはならない夜のことばかりを考えていた少年は,情けないくらいにどもった.
まさか,この少女は誘っているのか!?
「だって,あと半年しか一緒に居られないし,」
何気なく少女の口から放たれた言葉に,少年の顔が一気に険しくなる.
「半年って何を言っているんだよ!?」
いきなり怒り出す少年に,少女はびくっと震えた.

少年の怒りの理由が分からない少女に,ある意味天国から地獄へと突き落とされた少年.
「半年経ったら,学院を卒業するじゃない?」
少年の強い視線にさらされて,少女はたじたじになる.
「王子は王城に帰るでしょ? 私は村に,」
「俺は城には戻りたくない.」
今度は少女が,ぎょっとする番だった.
「王子という身分なんか要らない,サリナと一緒にサリナの村へ行く.」
強く少女の肩を掴んで,少年は,
「王子,何を言って,」
戸惑う少女の唇をふさいだ.

いきなりすぎる出来事に,少女は瞳を開いたままで口付けを受ける.
思わず逃げようとするのだが,痛いくらいの力で肩を掴まれる.
待ち望んでいた恋人らしいこととはいえ,少年のキスは想像以上に強引で荒々しかった.
唇を開放されると,少女は今まで何を言い争っていたのかすら忘れて,ぼけっと少年の深緑の瞳を見つめた.
「王子王子って,俺のことを名称で呼ぶな,」
少年がすねたような声でしゃべる.
「じゃぁ,……ライム殿下,」
するとごつんと,少女は頭突きをされた.
「喧嘩を売っているのかよ,お前は!?」

「痛いよ,ライム.」
涙目になりながら,少女は頭突きされたでこを押さえる.
ぎこちなく,少年の手が少女の頬を包む.
視界が少年の金の髪に覆われる.
少女はそっと瞳を閉じた.
瞬間,
どぉぉぉん!
鼓膜を打つ衝撃音,そしてめきめきと大木が倒れてくる.

「な,何?」
少年は戸惑う少女の手を引いて,ゆっくりと倒れてくる木を避ける.
今のは攻撃魔法の長距離砲だ,誰かが遠くから少年たちを狙っているのだ.
「どこだ!?」
きょろきょろと金の髪の少年は辺りを見回す.
何が起こったのかわからないが,とにかく逃げなくてはならない.

ドォン!
今度は至近の地面が爆発する.
悲鳴を上げる少女を抱きしめて,少年は攻撃手を捜す.
額に汗がにじむ,少年は森の向こうに古びた屋敷を見つけた.
「サリナ,よけろ!」
屋敷の屋上から放たれる光,少年は少女の体を突き飛ばす.
「ライム!?」
少年は焼けるような痛みにひざをついた!

そのまま少年は,土の地面に倒れこむ.
「ライム!」
かまいたちにあったかのように,少年は血まみれになっていた.
少女は慌てて駆け寄り,治癒魔法の呪文を唱える.
「木々よ,森の生命たる,」
すると金の髪の少年が,かっと瞳を見開いて少女に怒鳴った.
「サリナ,後ろだ!」

少女が振り向くと,そこにはいかつい顔をした大きな男が拳を振り上げていた.
悲鳴を上げる間もない,少女は簡単に男の手に落ちる.
「……サリナ,」
どんどんと暗くなる視界の中で,少女がさらわれてゆく.
少年は立ち上がることもできずに,ついには意識も手放した…….
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