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魔術学院マイナーデ

旅立ちの決意03

「サリナ! よく来てくれた.」
部屋から出迎えてくれた老人は,ぎゅっと少女を抱きしめた.
「学院長様もお変わりなく,」
頬にキスを贈られると,老人のあごひげが少女の首元をくすぐる.
「こしょばいですよ.」
えいっと頬にキスを返すと,老人は「照れるではないか.」とおどけてみせた.

白ひげ白髪の第四代マイナーデ学院学院長,コウスイ・イースト.
代々,学院長の選抜は魔法の実力によってなされる.
しかしこの老人は魔力ではなく,その人柄の良さによって学院長の地位についたらしい.
シグニア王国一の良心と呼ばれ,他国にも顔が利く老人だ.

「ライムもいらっしゃい.」
少女と抱擁を交わしながら,老人は孫に向かって微笑んで見せた.
またコウスイは,シグニア王国末王子の祖父でもある.
「どうして二日続けて,じじいの寝言を聞きにこないといけないんだよ.」
金の髪の少年は思いっきり顔をしかめる.
孫の子供っぽい偽悪的な仕草に,反対に老人は口元をほころばせた.
「お口が悪いですよ,殿下.」
部屋の隅に控えていた青年が,笑いながら口をはさむ.
ライムの付き人のスーズである.

スーズは長身のひょろりとした青年だ.
薄水色の髪を緩く一つに束ね,穏やかな笑みをいつも口元にたたえている.
主君である少年とともに並ぶと影が薄く感じられるが,その実,しっかりとした存在感がある不思議な青年である.
また王子の護衛役も兼ねていて常に帯剣しているのだが,戦士というよりは年若い学者のような印象を人に与える.

「スーズ,お前も呼ばれたのか?」
少年は深い緑の瞳を瞬かせた.
「えぇ,まぁ……,」
長身の青年は曖昧に頷く.
「サリナ,君のためにお茶を淹れさせてくれないかい?」
その横では老人が少女を部屋の中へとエスコートする.
「ありがとうございます,学院長様.……でもお茶なら,私に淹れさせて頂けませんか?」

「学院長様のためにとびっきりのお茶を淹れますから.」
優しくてお茶目なこの老人は,学院の中での少女の貴重な味方でもある.
王国有数の大貴族のくせに,全く身分にこだわらない.
「おやおや,そんなことをしてもらったらライムにやきもちを妬かれてしまうよ.」
「変なことを言うな!」
老人のウインクに,少年は真っ赤になって怒鳴った.

結局,老人の淹れたお茶を少女も少年も頂くことになった.
「今日はサリナにお願いがあってね.」
よっこらせと老人は卓につく.
「ライムと一緒に王都へ行ってくれないか?」
「はい?」
驚いた返事は,少女と少年二人の口から同時に放たれた.

「え? 王都ってなぜですか?」
「何を言っているんだ,じいさん!?」
老人は軽く手を上げて,二人を制する.
「ライム,君は幻獣の儀式のために城へ戻るのだろう?」
老人の言葉に少年は眉を顰める,しかし老人はかまわずに話を続けた.
「あぁ,サリナ,幻獣というのはね,」
少女はおろおろと,老人をにらみつける少年とそれを平然と無視する老人を交互に見つめた.

「シグニア王国の王の子供たちは皆,幻獣と呼ばれる守護竜を持っていて,」
がたんと音を立てて,少年は席を立つ.
「帰るぞ,サリナ,スーズ.」
そうして少女の腕を引き,椅子から立たせようとする.
「え? あの,」
少年は少女を強引に立たせ,ドアの方へと押しやる.

「王子,どうしたの?」
少女は戸惑う,少女の視界の中で老人は困ったように苦笑していた.
「昨日も言ったとおり,俺は一人で王都へ帰る.」
堅い声で,少年はきっぱりと老人に対して言う.
「私はお供しますよ.」
すると黙って見ていた青年がするりと言葉を挟む.

「スーズ!」
少年は従者の青年をきっとにらみつけた.
「わしも学院さえなければついてゆくのだかなぁ.」
老人も楽しげにぼやく.
「余計なお世話だ!」
少年は大声を張り上げた.
「俺はもう覚悟を決めている!」

少年のあまりの剣幕に,少女はびっくりして立ちすくむ.
いったい何の話をしているのだ,三人とも.
「……お節介は君の方だろう? ライム.」
しんと静まった部屋の中で老人の重々しい声が響く.
普段は見せない祖父の真面目な顔に,少年は思わず構えた.
「そのポケットの中にあるものは何だい?」
いきなりいたずらっぽく訊ねられて,少年は顔を真っ赤にした.
「え,あ……,」
少年はとっさの言い訳が浮かばない.

「くそっ,……サリナ,行くぞ.」
勝ち目はないと悟ったのか,少年はただ呆然としている少女の手を取った.
そして少女を引きずるようにして部屋から出てゆく.
後に残された老人と青年は,顔を見合わせて同時に肩を竦めた…….

ばたんと乱暴にドアを閉めて,少年は部屋から出た.
「お,王子,学院長様はいいの?」
ただ一人意味がわからずに,少女は戸惑うばかりだ.
少年は制服のズボンのポケットに手を突っ込んで,少女にあるものを握らせる.
「え?」
きらきらと淡い光を放つ,それは水晶でできた砂時計だった.
「魔法具?」
少年の魔力を感じる,少女はまじまじと半透明に透き通る水晶を見つめた.
成績のいいライムだからこそ作れる,精巧な守護魔法具だ.

「危なくなったら呼べよ.」
少女が顔を上げると,少年はさっとそっぽ向いた.
「王都に居ても,……すぐに,」
そのまま堪えきれなくなって,少年はばっとドアを開けて部屋の中へと駆け戻る.
「とにかく,それを持っとけ!」
「あ,待って,」
すぐさま閉まるドアに,少女の口の挟む隙などない.

閉まったドアの向こう側からは,少年の怒鳴り声と老人の笑い声が聞こえてきた…….
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