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魔術学院マイナーデ

旅立ちの決意01

「其は我が息吹,我が旋律……,」
瞳を閉じて,魔法の呪文を正しく唱える.
「風よ,大地の浄化を,」
身のうちからあふれ出てくる力に,胸がどきどきする.
少女の足元の魔方陣がかっと輝きだす.
「……浄化を,……えっと,」
ごぉと風が吹き荒れる.
自らが繰り出そうとした魔法の威力の大きさに怯えて,少女は「きゃぁっ!」と悲鳴をあげた.

途端に少女の体は風に飛ばされそうになる.
「た,助けて……,」
視界が反転する,その少女の視界に映る少年の焦った顔.
「……ライム王子!」
駆け寄ってきた少年は宙に浮いた少女の手を掴んだ,そして少女の顔をぎっとにらみつける.
「我は汝の支配者なり,命を下すものであり,慈悲を与えるものである,」
よどみなく呪文を口にし,局地的に吹き荒れる強風にしっかりと足を踏ん張って堪える.
涙目の少女は,自分の魔力を制御できそうにない.
「収束せよ! 我が命に従え!」

「きゃぁ!」
少年の魔法により風が収まる,すると少女が少年の元へ落っこちてくる.
「うわっ.」
少女を受け止め損ねて,少年は少女に押し倒される格好で地面に倒された.
「いった〜い……,」
少年を完璧に下敷きにしたくせに,少女はうめいた.

「この,……馬鹿!」
上に乗ったままの少女を押しのけて,少年は怒鳴る.
「何度同じ失敗を繰り返せば済むんだよ!?」
少年は真っ赤な顔をして,少女に対して怒った.
少年の背中は,少女のせいで砂にまみれている.
「……ごめんなさい,」
少女はしゅんとうつむいて,謝った.

「もう二度とサリナの魔法の練習にはつきあわないからな!」
少年はいまだ地面に座り込んだままの少女を無視して立ち上がった.
そしてそのまま少女を置いて,汚れたままの背中で校舎の中庭から歩き去ってゆく.
少女はしばらく自分の描いた魔方陣の中で呆然としていたが,ふと思い立って少年の後を追いかけた.

「ライム王子!」
走って追いかけて,少年の腕を掴む.
少年は迷惑そうに振り返る,さらっと揺れる金の髪.
「助けてくれてありがとう.」
少女はにこっと微笑んで見せた.

深い緑の瞳を軽く瞠らせてから,少年は不機嫌そうにそっぽ向く.
「……髪がぐちゃぐちゃだ.」
少女の薄茶色の髪は,風にもてあそばれたせいでぐちゃぐちゃだった.
「あ,……うん.」
手ぐしで整えようとしても,生来くせっ毛のためになかなか元に戻らない.
「魔方陣,ちゃんと消しとけよ.」
それだけ言うと,少年は今度こそ立ち去った.

ここは魔術学院マイナーデ.
中庭に残された少女は,赤レンガの校舎を見上げる.
国中から魔力の強い子供たちが集められ,この学院で高等魔法を習得するのだ.

少女はぱんぱんと制服についた砂を払った.
白いブラウスに赤いリボン,そして紺色のフレアのスカート.
少女はリボンをきゅっと結び直す.
そして庭掃除用の箒を持ってきて,魔方陣を消し始めた.
魔力の強い子供たちといっても,実際に入学することのできるのは貴族や王族のみである.
この少女は,その中で唯一の平民の生徒であった…….

寄宿舎に戻ると,ライムは廊下で不愉快な光景に出くわした.
3,4人の貴族の少年たちがにやにやしながら,窓から中庭を見下ろしているのだ.
「遊びで付き合うにはちょうどいいよな.」
「まぁまぁ見目もいいし,」
ライムはわざと足音を高く鳴らす.
すると驚いて少年たちは振り返った.
無言でにらみつけるライムに,少年たちはおどおどと視線をさまよわせた後で,さっと逃げ出した.

少年たちを追い払って,ライムは軽くため息を吐いた.
窓から見える中庭では,少女が一人で魔方陣を消している.
17歳,少女は最年長の8年生である.
あいつ,怪我とかしてないよな?
少年は少女に声をかけようとして,……けれど辞めた.

するとすっと,窓ガラスに長身の男の影が映る.
「ライム殿下.」
足音も無く背後に立った男に,少年は視線を少女に固定させたままで答えた.
「なんだ? スーズ.」
魔方陣を消し終わったらしい少女が,中庭から出てゆく.
小さな肩は頼りなさげに見えるのだが,歩く足取りは意外にしっかりとしている.
「また,サリナの魔法の練習に付き合っていたのですね?」
男のくすくすと笑いをかみ殺したような声に,少年はかっとなって振り返った.
「好きで付き合っているわけじゃない!」
そして再び窓の方を向く.
「……見ていたのか?」

少年のすねたような声に,スーズは肩を竦めた.
「あれだけ巨大な魔力が暴走すれば,誰にでも分かります.」
17歳になったばかりのスーズの主君は,何か言い返そうと肩を動かしたが,結局何も言わなかった.
「殿下,サリナに関しては身分の差は気になさることはないと思いますよ.」
スーズはこの少年に,子供の時からずっとそばで仕えている.
少年の,周囲の者たちが絶賛してやまない金の髪は砂で汚れきっていた.
「サリナほどの魔力があれば,父王陛下は何もおっしゃらないと,」
「勝手に誤解して,変な話を進めるな!」
青年の台詞を,少年は真っ赤な顔になって止める.

「だいたい俺は,一生誰とも結婚する気は,」
「殿下,学院長様がお呼びです.」
主君の言葉を強引にさえぎって,スーズは告げた.
「じいさんが?」
少年は,真冬の寒さの中でも決して枯れることのない常緑樹の色の瞳をぱちぱちと瞬かせる.
マイナーデの学院長は少年の母方の祖父である.
青年は表情を改めて答えた.
「はい,真面目な話のようです.」
「……分かった.」
少年は眉をひそめて,神妙に頷いた.
祖父の話が何に関することなのか,少年には思い当たる節があるのだから…….
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