インスタント・コイン


−魔法みたいに簡単に,インスタントに恋に落ちる−

まるで,外国の硬貨みたいだ.
百合絵(ゆりえ)は,制服のポケットの中から黄色の小さなコインを取り出した.
これは怪しげな露天の占い師の口車に乗って,ついつい買ってしまった惚れ薬である.

信じているわけではない,期待しているわけでもない.
でもどうせ買ってしまったのなら,試してみたい.
そして試してみるとなったら,相手は決まっている……!

百合絵は震える指で,携帯電話のボタンを押した.
短縮3番,クラスメイトの松江史朗(まつえしろう).
高校に入学したときから,ずっと好きだった.
好きと言い出せずに,いつのまにか史朗の友達の地位を確立してしまっていた.

「何?」
いきなりの電話に史朗は少なからず驚いたようだ.
「史朗,今,暇!?」
どくどくどくと,百合絵の心臓はうるさいくらいになる.
「お願い,来て! 今,史朗の家の近くの公園に居るから!」

せっぱつまった百合絵の物言いに,史朗は真剣な声で答えた.
「分かった.よく分からんが,すぐに行く!」
夕焼けから,夕闇に染まる公園の中,史朗は本当にすぐさま飛んできてくれた.
そして心配顔で百合絵を見つめる.

「百合絵,どうしたんだ?」
人のいい史朗は,いたわるような視線を百合絵に向ける.
「インスタント・コイン!」
震える声で,百合絵は呪文を唱えた.
「お願い,史朗.私のことを好きになって!」

すると史朗は,瞳を2,3回ぱちぱちとさせた後で,ぷっと吹き出す.
「同じことを考えてやがる.」
くすくすと笑いながら,史朗はポケットの中から黄色のコインを取り出した.
「俺のことを好きになってください.」
百合絵の手にコインを落として,史朗は楽しげに笑い出した.

||| ホーム |||


Copyright (C) 2003-2004 SilentMoon All rights reserved. 無断転載・二次利用を禁じます.