恋に落ちていただけると幸いです

続き | 目次

  1 こらえ性のない男たち  

 うわさは聞いていた。私の婚約者である王子が、私以外の女性と逢瀬を重ねていると。だからいつかこんな日が来ると覚悟していた。しかし、あろうことか王子は結婚式の三日前に、婚約破棄を言い出した。
「君には、すまないと思っている」
 王子は青色の瞳を伏せて、苦しげに謝罪した。本当にすまないと思うなら、形だけでいいから結婚してくれ。私はうわべだけは優雅にお茶を飲みながら、そう思った。もうドレスもぬい終わっているし、式の準備はすべて整っているのに。
「この一年間、悩みとおした。けれどもう自分の気持ちをいつわれない」
 こんな結末になるなら、浮気が始まった一年前に私と別れてほしかった。そもそも婚約してほしくなかった。すでに私は十八才だ。
 白皙(はくせき)の美青年と国内外に称される王子は、出されたお茶にもお菓子にも手をつけずに、いすから立ち上がった。さよならさえ告げずに、部屋から出て行こうとする。
 結局、王子はこらえ性のない男だったのだ。私は彼との結婚をあきらめるしかない。彼の気持ちを引き止めようと、贈りものをしたりキスをねだったりしたが、すべて無駄だった。カップを持つ手が、震えて止まらない。今日のお茶とお菓子も、彼のために特別に用意したものだったのに。
 しかし、その王子の進路を妨害する者が現れた。黒髪黒目の小柄な男が、扉の前に立ちふさがる。
「君は?」
 王子は驚く。王子の通行の邪魔をできる者など、ほとんどいない。そして私は、嫌な予感がひしひしとする。
「お嬢様の従者のひとりであるユウトです」
 ユウトは名乗るやいなや、すっと両足を肩幅まで広げる。そして腰を落として、
「はぁ!」
 気合い一発、王子の腹に拳をたたきこんだ! 王子はたまらず体を折り曲げる。ユウトは王子のあごに向かって、左から右に体を回転させながら裏拳を打ちつける。
「ぐへぇ」
 王子は、一回りも小さいユウトの前で倒れた。ユウトはすばやく王子の腹の上に乗って、美形王子の顔をぼっこぼこに、
「やめなさい、ユウト!」
 私は立ち上がって、声を上げる。ぼんやりと見物しているわけにはいかなかった。そりゃ、王子はいい気味だけど。
 ユウトは、さっと王子から離れた。しかし、すでに遅かったかもしれない。王子の顔は笑えるほどに変形し、歯も二、三本折れている。
「うわぁ」
 私の顔は引きつる。幸運にも王子は気絶していて、私とユウトに叱責を浴びせることはない。
「申し訳ございません。ついかっとなって、やってしまいました」
 ユウトは謝るが、彼の顔には反省の色はなかった。
「あぁ、うん」
 私は、意味のない相づちをうつ。ユウトといい王子といい、私の周囲にいるのはこらえ性のない男ばかりだったらしい。
続き | 目次
Copyright (c) 2016 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-