「香月ちゃんは,もしかして……,」
義理の娘を駅まで送った後で,利春(としはる)は妻に向かって聞いた.
「あら,私は予測していましたよ.」
すると妻はいたずらっぽく笑う.
いきなりセーラー服を取り出してきて,弟を高校まで迎えに行くと主張する娘.
夜道は危ないからと止めても,娘は頑として言うことを聞かない.
「一樹に,一分一秒でも早く会いたいのだ.」
思いつめた顔でうつむかれると,利春としてはどうしようもできない.
どうにかしてくれと妻の方へ目をやると,
「香月,その髪型は校則違反よ.」
と,娘の行動を助長することを言う.
「そうだな,母上! ちゃんと髪はくくらなくては,」
「……あの,」
慌てて髪をみつあみにしだす娘に,利春の顔は引きつる.
「そうそう,それに髪の毛のゴムは黒か紺か茶色にしないといけないわ.」
「おい……,」
……何をやっているのだ,この母娘は.
結局,彼は簡単に妻の静江と娘の香月に押し切られた.
駅のホームからいそいそと電車に乗り込む,親子になったばかりの義理の娘.
本人は完璧な変装のつもりだろうが,正直な話,コスプレのようにしか見えない…….
「帰りは一樹がいるから,大丈夫だとは思うが……,」
利春は長いため息を吐いた.
「一樹君,驚くでしょうねぇ.」
その隣で,妻はのんきにつぶやく.
息子が,義理の姉になった香月を異性として意識していることには気づいていた.
それは彼らの年齢を考えると仕方が無いことだが,まさかこのような展開になるとは…….
「香月ちゃんは,一樹なんかのいったいどこがいいんだ?」
利春は呆れたようにぼやいた.
娘の香月はなぜか,最初から一樹に対しては親しげだった.
いや,親しげというより,頼っている,甘えているような感がある.
俺にはあまりなついてはくれないのに…….
「一樹君はなかなかのいい男ですよ,」
楽しげに妻は笑った.
「それに香月は,最初から一樹君のことを知っていたみたい.」
それは驚きだ.
顔に出たのだろう,妻は少し得意げに微笑む.
「一樹君に教えたら,どんな顔をするかしら?」
それは,……嬉しそうに鼻の下をでれっと伸ばすに違いない.
情けない息子の顔が浮かんできて,利春は軽く肩を竦めた.
「……帰ろうか.」
「えぇ.」
駅から家へと歩き出すと,妻がきゅっと手を握ってくる.
見上げると夜空,都会の空は星が少ない.
けれど……,
……再婚してよかったと思う.
ただそれだけが真実.
この同じ道のりを,息子も愛しい女性の手を握り,ともに歩くのだろうか…….
しかしその女性というのが,義理とはいえ,親子になったばかりだとはいえ,自分の娘であると思うと,
「……複雑だ.」
利春のつぶやきに,妻はくすくすっと笑い声を立てた.
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