曖昧な僕ら05


「僕はあなたの弟ではなく,恋人になりたいのです.」
瞬間,時間が止まったかのように感じた.

一樹は私の弟である.
私は一樹と良い姉弟となるべく,最大限の努力をしてきたつもりだ.
それがいきなり,恋人だと!?
なぜこのような話になったのだ?

「香月さん?」
私はしゃがみこんで,考えた.
昨日の夜,私は一樹の本を勝手に読んだ,これが発端.
すると一樹は怒ってキスをしてきた,……正直,めちゃくちゃ怖かった.
しかも一樹の怒りはなかなか解けず,今日の朝もむすっとしたままだった.
そしてこんな時間になっても,家に帰ってこない…….

新しい父上が部活で遅くなっているだけだろうと言っても,私は不安で不安でたまらなくて…….
「……すみません,冗談です.」
なぬ!? 一樹のせりふに私は顔を上げた.
「ごめんなさい…….」
困ったような笑顔,一樹は座り込む私に手を差し伸べた.

「お,お主の行動は不可解だ.」
私は姉としての威厳を保つべく,きっと睨みつけた.
あの一瞬だけで,私は地球を一回り出来るほどに思い悩んだのだぞ!
「香月さんには負けます.」
一樹は笑って,ぐいと私の腕を引っ張り上げた.
「うわっ!?」
引っ張りあげられて,私は簡単に一樹の胸の中に収まる.

「香月さん,この制服は何なのですか?」
一樹の腕の中で,私は大変居心地が悪い.
嫌な感じはしないのだが,くすぐったいというか,もぞもぞするというか,
「せめて,おさげだけでもやめてくださいよ…….」
みつあみを掬い上げられて,どきっとする.

確かにこの変装に関しては,母上と新しい父上に盛大に笑われた.
不審者に見えないように,私なりに真剣にやったつもりなのだが…….
「ほどいてもいいですか?」
「あ,あぁ.」
よく分からない状況だな.
何年ぶりかに袖を通した制服,母校の体育館で弟に抱きしめられながら,私の髪は解かれてゆく.

「……理解できない.」
「何がですか?」
一樹の大きな手が私の髪を何度も梳いてくる.
耳元で聞こえる声が,私の顔を熱くさせる.
「この状況も,一樹のことも,」
……そしてなされるがままになっている自分の今の気持ちも.

「分からないものが分からないままなのは嫌だ,今すぐ答えが欲しい.」
曖昧なものは許せない,なぜなら私は理系の人間.
明確な解答を得るために,いったいどのような実験をすればよいのだろうか?
「しかしたとえ有用な結果が得られたとしても,私には解析する自信が無い.」
体重を預けて寄りかかると,きっとこの胸はしっかりと受け止めてくれるのだろう.
「……はぁ.」
一樹が呆れた声を出す.
……なぜなら死んだ父上と違って,一樹は生きているからだ.

このまま何も考えずに,この腕の中で甘えてみようか…….
暖かくて,気持ちよくて,安心できる一樹の,
……いや,駄目だ!
私は一樹の胸をぐいと押した.
未知のものを未知であるままにしておくなど,科学者の怠慢ではないか!?
そうだ,まず第一歩として,
「一樹,今度は正式にお主の許可を得よう,」
一樹が首を傾げる,こうゆうしぐさをするときは,こやつはすごくかわいいのだが,
「お主の普段読んでいるバスケットの雑誌を貸してくれ.」
調査対象,斉藤一樹18歳.
「……ついでに記事の解説もしてくれるとありがたい.」
まだまだデータは不十分だ.
十分な情報がないと,正確な分析はできない.
まずは一樹について調べてみようではないか.

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