「僕はあなたの弟ではなく,恋人になりたいのです.」
瞬間,時間が止まったかのように感じた.
一樹は私の弟である.
私は一樹と良い姉弟となるべく,最大限の努力をしてきたつもりだ.
それがいきなり,恋人だと!?
なぜこのような話になったのだ?
「香月さん?」
私はしゃがみこんで,考えた.
昨日の夜,私は一樹の本を勝手に読んだ,これが発端.
すると一樹は怒ってキスをしてきた,……正直,めちゃくちゃ怖かった.
しかも一樹の怒りはなかなか解けず,今日の朝もむすっとしたままだった.
そしてこんな時間になっても,家に帰ってこない…….
新しい父上が部活で遅くなっているだけだろうと言っても,私は不安で不安でたまらなくて…….
「……すみません,冗談です.」
なぬ!? 一樹のせりふに私は顔を上げた.
「ごめんなさい…….」
困ったような笑顔,一樹は座り込む私に手を差し伸べた.
「お,お主の行動は不可解だ.」
私は姉としての威厳を保つべく,きっと睨みつけた.
あの一瞬だけで,私は地球を一回り出来るほどに思い悩んだのだぞ!
「香月さんには負けます.」
一樹は笑って,ぐいと私の腕を引っ張り上げた.
「うわっ!?」
引っ張りあげられて,私は簡単に一樹の胸の中に収まる.
「香月さん,この制服は何なのですか?」
一樹の腕の中で,私は大変居心地が悪い.
嫌な感じはしないのだが,くすぐったいというか,もぞもぞするというか,
「せめて,おさげだけでもやめてくださいよ…….」
みつあみを掬い上げられて,どきっとする.
確かにこの変装に関しては,母上と新しい父上に盛大に笑われた.
不審者に見えないように,私なりに真剣にやったつもりなのだが…….
「ほどいてもいいですか?」
「あ,あぁ.」
よく分からない状況だな.
何年ぶりかに袖を通した制服,母校の体育館で弟に抱きしめられながら,私の髪は解かれてゆく.
「……理解できない.」
「何がですか?」
一樹の大きな手が私の髪を何度も梳いてくる.
耳元で聞こえる声が,私の顔を熱くさせる.
「この状況も,一樹のことも,」
……そしてなされるがままになっている自分の今の気持ちも.
「分からないものが分からないままなのは嫌だ,今すぐ答えが欲しい.」
曖昧なものは許せない,なぜなら私は理系の人間.
明確な解答を得るために,いったいどのような実験をすればよいのだろうか?
「しかしたとえ有用な結果が得られたとしても,私には解析する自信が無い.」
体重を預けて寄りかかると,きっとこの胸はしっかりと受け止めてくれるのだろう.
「……はぁ.」
一樹が呆れた声を出す.
……なぜなら死んだ父上と違って,一樹は生きているからだ.
このまま何も考えずに,この腕の中で甘えてみようか…….
暖かくて,気持ちよくて,安心できる一樹の,
……いや,駄目だ!
私は一樹の胸をぐいと押した.
未知のものを未知であるままにしておくなど,科学者の怠慢ではないか!?
そうだ,まず第一歩として,
「一樹,今度は正式にお主の許可を得よう,」
一樹が首を傾げる,こうゆうしぐさをするときは,こやつはすごくかわいいのだが,
「お主の普段読んでいるバスケットの雑誌を貸してくれ.」
調査対象,斉藤一樹18歳.
「……ついでに記事の解説もしてくれるとありがたい.」
まだまだデータは不十分だ.
十分な情報がないと,正確な分析はできない.
まずは一樹について調べてみようではないか.